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稲田豊史「映画を早送りで観る人たち」 余裕ない若者の「自己防衛策」

 映画などの動画を早送りで見る習慣が、若者の間に広まっているという。多くの人が、「一体何のために?」と思うだろう。だが、「いまどきの若者は……」と切り捨ててしまう前に、まず本書を読んで欲しい。お金も時間も余裕もなく、SNSやリアルな社会からプレッシャーを受けて生きる世代の姿が痛々しいほどに浮かび上がる。

 著者が行った大学生の調査では、倍速の視聴を「よくする」という人は35%、10秒ごとに飛ばす視聴を「よくする」という人は50%いたという。

 彼らはSNSで友人との話題について行くために数をこなす必要がある。だから、手っ取り早くあらすじを知りたがる。

 2時間の映画をゆっくり見ていた世代とは経済状況も違う。大学新入生の仕送りによる生活費は、約30年前の約4分の1。授業もバイトもあり、娯楽にかけられる時間やお金は圧倒的に少ない。時間の無駄だったと思わないよう、あらすじを知った上で作品を選ぶ。ストレス過多の彼らは、難解な作品、感情を乱される作品は求めていない。

 こうした受け手の変化は、作る側にも影響し始めている。沈黙で感情を表現するなどという場面は早送りされてしまう。「苦しい」「痛い」といった登場人物の心の声まで字幕にして、わかりやすい物語を作る。

 いつの時代にも変化はある。とはいえ、自分とは違う価値観や新しい表現に出会い、心を揺さぶられる体験こそが、映画やドラマの醍醐(だいご)味ではないか。難解な作品を背伸びして見るから目が養われるのでは――。そう言いたくもなる。だが、「早送り」は、そんな余裕のない世代が、人生の時間を無駄にしないための「自己防衛策」なのだ。

 この本を読んでいた時、同僚から「小学1年生の娘も10秒飛ばしで動画を見ている」と聞いた。これがいまの社会を生きるための人間の「進化」だとしたら、どれだけ豊かな時間が失われるのだろう。恐ろしくも哀しい未来を予感させる一冊だ。=朝日新聞2022年5月28日掲載

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 光文社新書・990円=5刷3万部。4月刊。「Z世代の生態を『理解したい』と思う上司や先生らに読まれている」と担当者。