〈あたしは親殺しでくますけは悪のぬいぐるみだ〉
二歳のとき、祖母にもらったぬいぐるみ「くますけ」とずっと一緒に過ごしてきた成美。くますけを片時も手放すことができず小学四年生になっても学校へ連れて行く成美を、両親は「おかしい」と侮蔑し、学校の苛(いじ)めっ子はバカにして笑った。
自分を愛してくれず、喧嘩(けんか)ばかりのパパとママ。くますけを酷(ひど)いめにあわせた同級生の葉子ちゃん。嫌い。死ねばいいのに。成美の暗い願いは叶(かな)い、ある日、葉子ちゃんは交通事故で大怪我(けが)をし、その翌日、両親も事故で死亡する。
この世でただ一人、心から好きだと思える「裕子さん」に引き取られることになり、嬉(うれ)しさがこみあげる一方、成美の胸には気がかりな疑問が生じる。葉子ちゃんが大怪我をしたのはくますけが自分の頼みをきいてくれたからではないか。パパとママの死は、そんなことを願った自分に神様が与えた罰なのか。だとしたら、くますけは悪いことができるぬいぐるみだということになってしまう――。
初版が刊行された一九九一年には、まだ生まれていなかった若い世代にもヒットした背景として、推し活などによりぬいぐるみの連れ歩きが珍しくなくなり、主人公の成美への共感性が増したこともあるだろう。
〈くますけは、悪くない。くますけは、どこも変じゃない。くますけは、いい子なんだ〉
自分に言い聞かすように繰り返す成美の切実な現実。愛を乞い、救いを求める十歳が見る悪夢。普通なのに特別なピクニックのお弁当。血のつながりと家族。
本書をホラーと読むかファンタジーととるか、ハッピーエンドだと微笑(ほほえ)むか、バッドエンドだと震えるかは読み手次第、リアルな人間関係に疲れた大人心を解き放つ物語だ。
◇
中公文庫・968円。25年1月刊、5刷5万9千部。単行本は91年、中公文庫版は12年8月に出た。担当者によると、新装版は書店員の後押しで復刊され、店頭での積極的な販売で部数が伸びているという。=朝日新聞2025年4月5日掲載
