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長谷部愛「天気でよみとく名画」 浮き彫りにされる人間の輪郭

 世界的に知られているヨーロッパや日本の絵画において、天気はどのように描かれてきたのだろうか。本書は歴史的な風景画・版画等から近年流行する漫画・アニメまでを対象に、この問題を幅広く取り上げ、わかりやすく論じている。

 ここでいう天気とは、具体的な場所と時間の中で体験される雨や雪、霧、日差し、虹、低気圧、季節風、雷といった気象を指している。著者は気象予報士としての知見を踏まえて、一枚の絵画から、それらの絵画が生まれた時代と場所の天気の状況や画家の季節的な体験を読み解こうとする。

 例えばフェルメールやレンブラントの描いた絵画には低地・高緯度に位置するオランダの陽光が再現された。ルーベンスはフランドルの虹を、ターナーはイギリスの霧や吹雪を、ゴッホは南仏の風や青空を描いた。同様に、ムンクの絵画に残された火山噴火の痕跡や、モネの描いたスモッグからは当時の災害や公害の影響と反応を読み取ることができるかもしれない。

 こうした視点は、例えば人類学者のティム・インゴルドの理論を思わせる。インゴルドは文書に記録され、歴史化される「気候」に対して、身体化され、心や感情の次元に作用する「天気」の重要性を指摘した。

 芸術とは作者と鑑賞者の視覚だけではなく、すべての身体感覚と感情に開かれた気象的表現でもある。画家の心身を取り巻く天気を再考することで、本書は大地と空の間に生きる人間の輪郭を浮き彫りにする。

 ただし、例えばオランダの陽光については干拓事業によってそれが変化したとするヨーゼフ・ボイスの指摘があり、それを検証する優れた映画「オランダの光」(ピーター=リム・デ・クローン監督、2003年)も存在する。そうした作品と併読することで、本書の理解もより深まるはずだ。

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 中公新書ラクレ・1100円。24年2月刊、3刷1万1千部。ポッドキャストやユーチューブ、ラジオの深夜番組に新聞書評など、様々な媒体で取りあげられた。「幅広い世代をつかみ、息長く売れている」と宣伝担当者。=朝日新聞2025年3月22日掲載