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谷津矢車が薦める戦国歴史時代小説 「天命」など新刊文庫3冊

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『天命 毛利元就武略十番勝負』 岩井三四二著 光文社文庫 1012円
  2. 『賤ケ岳の鬼』 吉川永青(ながはる)著 中公文庫 880円
  3. 『二刀の竜』 志木沢郁著 徳間文庫 880円

 今回は戦国歴史時代小説で選書。端午の節句にかこつけようとしたものの、本稿の掲載時期が五月末であることに執筆時点で気づいてそう謳(うた)えなかったのはここだけの話である。

 (1)は野心家、謀略家の戦国大名として描かれることの多い毛利元就を、置かれた環境や時代のせいで謀略を振り回さざるを得ない一人の悩める人間として造形。毛利家を守り己の見出(みいだ)した天命に従い戦ううち、思いも寄らない存在になっていく己に困惑しているようにも見える元就の在り方は、家族のために働く皆さんにも響くはず。

 (2)は羽柴秀吉と柴田勝家の合戦である賤ケ岳の戦いにおいて勝家方につき戦った猛将、佐久間盛政を主人公に置いた歴史小説。秀吉主従が巻き起こす新しい風に翻弄(ほんろう)、困惑しつつ、対峙(たいじ)する者を各所に配すことで、秀吉台頭という歴史上の大事件をドラマチックに演出。そうした積み上げの末に描かれる盛政最後の選択と啖呵(たんか)は、清冽(せいれつ)なる者の強さと、不器用な人間の哀(かな)しみが滲(にじ)む名シーンとなっている。

 時は戦国、剣客として生きることに倦(う)んだ竜崎竜次郎が鋭敏な己の舌を生かして天下一の料理人を志す(3)は、料理バトルもの的な読み味と、主人公竜次郎の快男子ぶりがタッグを組んだエンタメ料理×剣豪時代小説。ピリリと利いた歴史上の人物の用い方にも唸(うな)りつつ、丁寧な料理描写に涎(よだれ)を流しつつ、チャンバラシーンに手に汗握る。幕の内弁当の如(ごと)く、様々な味わいを堪能できる一作。=朝日新聞2022年5月28日掲載