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それぞれの思い 柴崎友香

 大学が対面の授業を再開し、若い人の姿が一気に増えた。大学近くの駅に溢(あふ)れる初々しい学生たちの姿に、こちらまで楽しい気分になる。大型連休の繁華街も賑(にぎ)やかだった。閑散とした街をさびしく思っていたから、明るい日差しも相まって久しぶりに出かける日が続いた。

 その一方、戸惑う自分もいる。急な変化についていけないのもある。この二年の間に閉店してしまったお店のことを考えずにはいられないし、なにかが解決したというわけでもなく、まだまだ困難の渦中にある。何度か都心に出かけたあと、反動のように疲れを感じた。聞いてみると、周りでも、このところちょっとしんどくてという人がけっこういる。

 人によって経験したことはかなり違う。新型ウイルス以外にも次々と大きなできごとがあり、先が見えない不安の中で対応をし続けてきた疲れが、意識する以上に積み重なっている。外の雰囲気が賑やかになると、抱えている気持ちを伝えるのがいっそう難しくなる。前向きなことを言おう、与えられた状況で幸せを見つけよう、などの言葉が励ましになる場合もあるが、抑圧にもなる。しんどい気持ちや状況を表すことは大切なことなんじゃないかと、このところ思っている。誰かに話して少しほぐれることもある。

 みんな大変だから、もっと大変な人、つらい人がいるのに、これくらいで言ってはいけないと思う人も多い。だけど、しんどいからこそもっと大変な人のことに思い至ることもできるし、つらさや状況を声にすることは他の様々な状況にある人のことも伝えやすくなることにつながるのでは、と思う。それに、人がどんな状況でどう感じているか、他の誰かが決めることではない。言わなければいけないのでもない。楽しそうな人を見てよかったなと思う気持ちも、つらい気持ちが同時にあるのも、それでいいと思う。人との交流が減って見えづらくなっていることがあるのをいつも考えてしまうし、身近な人と話したいと思っている。=朝日新聞2022年6月8日掲載