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あなたのネジ締めます 津村記久子

 最近、購入から一年半ぐらいのデスクライトのアームがゆるんできて、何度試みても自立できず、隙あらば前方にバチンバチン倒れるので、壁にもたれさせてみたり、大きなクリップで固定したりして対処していた。アームの関節にはネジがあって、これを締めれば状況が改善するのはわかっていたのだけれども、手持ちの精密スクリュードライバーセットのどれで締めても、ネジが回るという手応えがない。むなしくネジ穴を滑ってゆくばかりだ。

 なのでネジとドライバーの相性について調べた。呼び径という新しい言葉を覚えて、軸の直径を測り、恐る恐る「#2」というドライバーを買ってきた。持っていたスクリュードライバーセットは、「#1」というのが最大で、どうも太さが足りなかったようなのだ。

 「#2」でネジを締めた。締まった。力強い手応えだ。呼び径に対して不適切なドライバーを使用していた頃の無力感がうそのようだ。なんて頼もしいんだ「#2」。

 バチンバチン倒れていたアームは安定した。ネジを締めすぎたのか、関節は以前より固くなったが、間違いなくすっくと自立している。もうそれだけで余は満足である、というわけで、想像以上に自分が喜んでいることに気が付いた。幸せの絶頂と言っていい。デスクライトを購入した時より間違いなく喜んでいる。喜びのあまり、以前より本をよく読むようになった。買った時より修理した時のほうがうれしいという心の動きは何なのだろう。そういえば他にも最近、メモ用に使っている前の代のスマートフォン(二〇一五年製)のディスプレイにフィルムを貼り直して、買った時より喜んでいた。画面がピカピカだ。

 ネジがちゃんと回った喜びで、「#2」を固定していた台紙も捨てられない。新潟県燕市で製造されたとのことだ。「#2」の出番がこれで終わりなのがとても残念だ。呼び径を教えていただけたら、あなたのネジを締めに行きますよ。=朝日新聞2022年6月15日掲載