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「何が記者を殺すのか」書評 日本社会に満ちる萎縮の「空気」

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年06月18日
何が記者を殺すのか 大阪発ドキュメンタリーの現場から (集英社新書) 著者:斉加 尚代 出版社:集英社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784087212105
発売⽇: 2022/04/15
サイズ: 18cm/302p

「何が記者を殺すのか」 [著]斉加尚代

 テレビディレクターによる取材記録が、日本社会に満ちる萎縮の「空気」を苦しくなるほどに伝えている。
 著者が番組のテーマにしたのは、沖縄の基地問題、教科書問題、ネット上のバッシング。この中で教科書問題は映画「教育と愛国」として公開された。
 このラインアップを見ただけで、著者の気概が伝わってくる。日本社会の深部を描く大きなテーマだというだけではない。「炎上覚悟」でなければ近づけないことは想像がつくからだ。
 こうしてあらわになる憎悪や差別は、海外の事例とよく似たものがある。
 著者は、政府に批判的な言論をすると「反日記者」と攻撃される様子を、プーチン政権批判をすると「外国の代理人」と弾圧されるロシアに重ねる。在日コリアンへの激しい差別感情は、トランプ政権下で噴出した米国の人種差別と相似形に見える。
 しかも、こうした動きを扇動する人たちはなかなか姿を現さない。ようやく行き着いても、「単なるコピペ」「思い込みで書いた」「目立ちたかっただけ」。政治家から匿名の人物まで、拍子抜けする軽さと空虚さは共通している。
 ところが、こうした声にあおられて、政府の批判は避けようという「空気」は、学校や学界など、あらゆる場所に満ちている。著者はそれぞれの現場から、萎縮する社会の様子を描き出していく。
 「何が記者を殺すのか」という問いは、言い換えれば、「何が自由な言論を殺すのか」という問いでもある。答えは単純ではない。
 政治家による個人攻撃や、犬笛に集まる匿名の誹謗(ひぼう)中傷は、権力や数の非対称の上に成り立っている。これをどう乗り越えていくのか。本書に明確な答えがあるわけではない。そのなかで「モノを言わないことが政治的なんです」という沖縄の男性の言葉は重い。権力の監視を果たし切れていないメディアへの、内部からの問い掛けでもある。
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さいか・ひさよ 毎日放送ディレクター。著書に『教育と愛国 誰が教室を窒息させるのか』。