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細谷功 「具体と抽象 世界が変わって見える知性のしくみ」 煽らず苛立たず淡々と考察

 ビジネス書としては珍しいロングセラーだという。テーマは「具体」と「抽象」であり、ビジネスパーソンが両者を理解し使いこなせるようになることを目指す。

 具体と抽象の往復ができる人は的確な質問をするが、できない人は自分の周囲にある「具体」が頭から離れず、トンチンカンな発言が多くなる。この指摘にうなずく人は、抽象論を苦手とする同僚や部下、取引先に苛立(いらだ)った経験があるはずだ。

 こうした苛立ちを露(あら)わにすると「偉そう」と思われて敬遠される。最近なら「ロジハラ」と言われ悪者にされるおそれすらある。どうしたら相手を見下していると思われず、自分には見えている抽象の世界を相手に分かってもらえるのか。

 本書は「分かっている人」の側に立ちながら「分かっていない人」をバカにせず、両者の対話が成り立たない構造や理由を淡々と考察する。

 ビジネス書にありがちな「○○でないとサバイバルできない」という煽(あお)りがないため、全体に上品な印象を受ける。

 各章の内容を凝縮した漫画は、具体と抽象の往復が「できる人」と「できない人」をつなぐ大事な役割を果たしている。漫画には「できるキャラクター」としてネコの町長が「できないキャラクター」として町役場スタッフが登場する。

 町長の指示を理解できないスタッフの可愛らしくもズレた言動は、ユーモアのあるお話として楽しめる。ただ、これは「分かっていない人」の読み方だ。

 そして「分かっている人」はネコ町長の立場に自分を重ねることができる。もしかしたら、この本を読んだら分かってもらえるかもしれない、と期待しながら人に貸してあげることもできるだろう。

 もし「漫画、面白かったです!」「ネコ、かわいいですね」以上の感想を聞けない時は、伝わらなかったかな、と少しがっかりしつつも、人間関係に波風は立たずにすむだろう。=朝日新聞2022年6月18日掲載

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 dZERO・1980円=21刷7万部。2014年12月刊。著者は東芝勤務を経てビジネスコンサルタント。版元によると毎年3~4回ずつコンスタントに増刷を重ねてきたという。