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「帝国の写真師 小川一眞」書評 近代日本の視覚文化形成に寄与 

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月25日
帝国の写真師 小川一眞 著者:岡塚章子 出版社:国書刊行会 ジャンル:伝記

ISBN: 9784336073266
発売⽇: 2022/04/27
サイズ: 22cm/493,7p

「帝国の写真師 小川一眞」 [著]岡塚章子

 その名を知らずとも、多くの人はどこかで小川一眞の写真に触れている。例えば、旧千円札の夏目漱石像。元となった写真は、小川の手によるものだ。
 戦前の画家に関する本は数多いが、写真師に注目した本は少ない。本書は明治・大正に活躍した一人の写真師の足跡をたどり、そこに映し出された近代日本のあゆみを読み解く。
 幕末に生まれた小川は、10代から写真業を始めた。20代で渡米し、写真乾板の製造や、写真から印刷用の版を作るコロタイプの技術を学んだ。帰国後は語学力と技術力を武器に、工学者で写真家のW・K・バルトン、思想家の岡倉天心、画家の黒田清輝、政府要人とのネットワークを築いた。
 仕事は徐々に公的色彩を帯びていく。政府の近畿宝物調査に参加し、文化財を撮影した。明治末には、美術家からなる帝室技芸員に、写真師として初めて任命された。明治天皇の大喪儀の撮影も担った。
 小川の旺盛な探求心は、印刷メディアにも向かう。コロタイプや網目版の技術を駆使して、写真を印刷し、出版物として商品化したのだ。美術雑誌「國華」や「日清戦争実記」『日露戦役写真帖(ちょう)』がそれである。こうして、写真は記録媒体の域を越え、印刷メディアとして消費されるようになった。特に戦争雑誌・写真帖は、海の向こうの戦況を国内にリアルに伝える役割を果たした。
 本書を読むと、写真師が文化・科学技術・メディア・軍事・政治の交点に位置したことを痛感する。小川は近代日本の視覚文化の形成に寄与し、戦争や皇室の動向とともに活動を広げた。著者が「帝国の写真師」と呼ぶゆえんである。
 だとすれば、「帝国の写真師」は植民地をどう見たのだろう。日本統治下の台湾・朝鮮に対するまなざしも、重要な論点と思われる。史料読解を含め、歴史研究と協働することで、本書の写真師論はさらに精緻(せいち)かつ豊かになるだろう。
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おかつか・あきこ 東京都江戸東京博物館都市歴史研究室長・学芸員。展覧会「浮世絵から写真へ」などを企画。