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レズビアンバーに集った女性たちを描く「ポラリスが降り注ぐ夜」 小澤英実が薦める新刊文庫3点

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『ポラリスが降り注ぐ夜』 李琴峰(りことみ)著 ちくま文庫 858円
  2. 『高架線』 滝口悠生著 講談社文庫 715円
  3. 『あたしたち、海へ』 井上荒野著 新潮文庫 649円

 (1)アジア最大級のゲイタウン、新宿二丁目にある小さなレズビアンバー「ポラリス」にある夜集った女性たちの物語が交錯する連作短篇(たんぺん)集。個々の足跡を知るにつれ、「性の多様性」という言葉がどれほど単数形の生を覆い隠しているかに気づく。連帯と孤立の間をさまよう彼女たちの可視化されづらい生は、バーの群青色の暗闇のなかで星々のように発光し、星座となって次の世代の人々が進むべき方向を指し示す。

 (2)西武池袋線東長崎駅の線路沿いにある、家賃三万円のおんぼろアパートかたばみ荘。住人の失踪事件を軸に、七人の関係者の話に耳を傾ける構成はちょっとしたミステリ仕立てだが推理は不可能、驚きの顛末(てんまつ)に掬(すく)われる。浮遊感のあるとぼけた語りは、複数の声や物語が入り混じるうち、そこにいない人やものの気配に包まれる。一つの時代が終わっても、生の営みのリレーが誰かに引き継がれていくことにほろりとする。

 (3)同じ女子中学校に通う幼馴染(おさななじみ)の有夢(ゆむ)と瑤子(ようこ)と海(うみ)。執拗(しつよう)ないじめに仲を裂かれ、死去したアーティストが歌う「ペルー」だけが三人の心の支えになっていく。親たちや女性教諭も自分の人生に手一杯(ていっぱい)で、加害者・被害者の少女たちの闇や苦しみに気づけない。映画「テルマ&ルイーズ」を彷彿(ほうふつ)とするが、これが女の園で起きていることが重い。シスターたちが生き延びられる世界を「ここではないどこか」ではなく「いまここ」に拓(ひら)くために、読み終えたあとで人と語りあいたくなる一冊だ。=朝日新聞2022年7月16日掲載