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ジャコの中から“海の生態系”が見えてくる きしわだ自然資料館ら監修の「チリメンモンスターをさがせ!」 

文:澤田聡子

雑談から生まれた「チリモン探し」

——食卓に上るチリメンジャコ。そこに混じっている魚やイカ、タコの子どもを見つけて「見て見て〜!」とはしゃいだ記憶はないだろうか。チリメンジャコに混ざった小さな海の生き物を「チリメンモンスター(通称チリモン)」と名付けたのは、大阪府岸和田市にある博物館「きしわだ自然資料館」と「きしわだ自然友の会」のメンバーたちだ。2009年には、同館学芸員の風間美穂さん、大阪府立環境農林水産総合研究所理事の日下部敬之さんらが監修し、スタジオ・ポーキュパインの川嶋隆義さんが撮影した絵本『チリメンモンスターをさがせ!』(偕成社)が出版され、“チリモン探し”の活動は全国に広がりを見せた。

風間美穂(以下、風間):毎年、大阪・梅田で開催されているサイエンス・フェスタという子どもたちのための大規模な科学イベントがあるんですが、そこにきしわだ自然資料館として参加することになったのが2004年。「なにか身近にあるものを使って、生物の多様性に触れることができないかなあ?」と資料館のスタッフや、一緒に活動している「きしわだ自然友の会」のメンバーと相談するなかで、生まれた企画が「チリメンモンスター探し」だったんです。

『チリメンモンスターをさがせ!』(偕成社)より

川嶋隆義(以下、川嶋):居酒屋のお通しで出たチリメンジャコから、アイデアが生まれたんでしたっけ?(笑)

風間:直接の発案者である「きしわだ自然友の会」メンバーの藤田吉広さんはそのエピソードを「都市伝説です」と否定しているんですけど(笑)。とにかく、スタッフ同士の雑談で出た、子どものころの思い出話がヒントになったと記憶しています。みんなで「昔はもっとジャコにいろんなものが混じっていたよねえ〜」と話していて。ちっちゃいタコとか、ジャコ以外の小魚が見つかったら、うれしかったよねえ!と盛り上がったのを覚えています。

日下部敬之(以下、日下部):昔のチリメンジャコは確かに今よりも混じり物が多かったんですよ。カタクチイワシやマイワシの稚魚のみのチリメンジャコのほうが、流通段階で高い価格で取り引きされるので、だんだん混じり物が入ったチリメンジャコは見かけなくなったんですよね。

風間:食べ物のアレルギーの問題もありますね。小学校でチリモン探しをするときに、「エビやカニのアレルギーの人、いませんか?」って聞くと、クラスに1人か2人くらいは必ず、手が挙がる。

日下部:おっしゃる通り、エビやカニなどの甲殻類アレルギーの方が多いのも、混じり物を取り除くようになった理由の一つですね。漁師さんが魚群探知機でイワシの群れを探すときに、できるだけイワシの稚魚だけが捕れるように網を向けるんです。サイズの大きな魚などは網の横から自然と出ていくようにも工夫されています。釜茹でして、乾燥させた後は機械で風を吹き付けて、シラスよりも軽いエビやカニなどの「チリモン」を飛ばしていきます。最近ではテレビカメラを備えた機械でジャコ以外のものを検知して選別することも。最終段階では、職人さんがピンセットを使い、手作業で丁寧に混じり物を取り除きます。

刑部聖(以下、刑部=担当編集):「チリモン」の本では、その過程を「チリメンジャコができるまで」として載せていますね。

風間:「チリモン探し」の企画をスタートしたときにまずネックとなったのは、「混じり物の多いチリメンジャコをどうやって入手するか」だったんです。シラス加工業者50社以上に電話やメールをしてみたんですが、なかなか色よい返事がもらえなかった。あるとき、和歌山にあるカネ上さんという会社のホームページを見ていたら、「チリメンジャコには、実はこんなにたくさん生き物が混じっていて面白いねんで~!」という内容のブログがアップされていて。すぐに電話をかけて相談したら、快く提供してくださることになって、無事にイベントを開催することができました。混じり物を主体にした教材用のチリメンジャコについては、今でもカネ上さんにご協力いただいています。

「宝探し」的な面白さ

——サイエンス・フェスタで初めて行った「チリメンモンスター探し」は大好評のうちに幕を閉じ、そこから「チリモン」はきしわだ自然資料館では定番の人気イベントとなってゆく。

日下部:私は稚魚の研究をしているので、「見つけたチリモンを同定する係」として、イベントの立ち上げ当初から関わらせてもらいました。

風間:「チリモン」が教育プログラムとしてスタートできたのは、ひとえに日下部さんのおかげなんですよ。サイエンス・フェスタでイベントを開催する2週間ほど前に、友の会の合宿があったんですね。宿にチリモンを持ち込んで、大きな机にお盆を載せてその上にバーッと広げて。日下部さんをみんなで取り囲んで「これはなんですやろ?」と質問攻めにしたという大変な夜がありました(笑)。

川嶋:乾燥していると、チリモンの元の姿が分かりづらいんですよね。

風間:日下部さんがいなかったら、実現しなかったプログラムだと思います。

『チリメンモンスターをさがせ!』(偕成社)より

日下部:実は最初に「こういうイベントをやろうと思っている」って相談を受けたときに、一般の人にとってはどうなんだろう、面白いのかな?と、心配していたんですよ(笑)。でも、実際のイベントでほとんどの参加者が夢中になってチリモンを探しているのを見て、非常にうれしい驚きがありましたね。

風間:子どもだけじゃなくて、大人も目を輝かせて「昔はこういうの、ようさん入ってたけど、最近はあんまりあれへんな~!」なんて、話がはずんでね。チリモンが世代間の交流になっているのも、うれしかったです。

日下部:未就学の小さいお子さんが、チリメンジャコを一生懸命ほじくって、なにか入ってないかと真剣な顔で探しているのを見て、ある種の「宝探し」的な面白さがあることを実感しました。チリモンを発見して私に「これはなに?」と聞きに来るイベント参加者が必ず言うひと言は、「これって珍しいの?」。

風間:やっぱり、「レア」なものを見つけたいんですよね(笑)。小学校ではだいたい4人1組の班で実習するんですけど、この子は細かいものを探すのが得意なんやな、この子はチリモンを種類別に集めるのが上手やな……というように、知らず知らずのうちにそれぞれ得意なことを生かして役割分担できるのも、チリモン探しのいいところだと思います。

刑部:「チリメンモンスター」というネーミングも良かったですよね。

風間:「チリモン」の名付け親は「きしわだ自然友の会」のメンバーで、今は鳥取県立博物館にいらっしゃる渡邊克典さんです。もともと古生物学が専門でナウマンゾウの研究などをしていらっしゃいます。「チリモンの由来はポケモンですか?」とよく聞かれますが、渡邊さんが “チリメンモンスター” という愛称を思いついたのは、「バージェス・モンスター(カンブリア紀に生息していたバージェス動物群のこと。独特の奇妙な形で知られる)」が頭に浮かんだからだそうですよ。

偶然の出合いが絵本制作へ

——偕成社の刑部聖さんとタッグを組み、自然科学系の書籍を数多く手がけてきた川嶋さんが、岸和田市を訪ねた際に出合ったのが「チリモン」だった。

川嶋:刑部さんとつくった絵本で「恐竜をさがせ!」(偕成社)というシリーズがありまして、恐竜・古生物復元造形作家の徳川広和さんがつくった模型を関西で撮影することになっていたんですね。前日には、“ダイナソー小林”としても人気の北海道大学総合博物館教授・小林快次さんが講演のためにきしわだ自然資料館に来ていたので、久々に会いたいと足を延ばしたんですよ。そこで、ちょっと待たせてもらっている間に資料館の方に渡されたのが「チリモン」だったんです。

風間東京からせっかく来てくれてはるのに、ただ待たせるのは申し訳ないな〜と思って、「ウチではこんなんやってるんですわ~、ちょっと手慰みにやってみてください」ってチリモンを持っていったんです(笑)。

川嶋:そうそう、冷蔵庫からチリモンをごそっと出していただいて(笑)。見た瞬間、「あ、カッコいい!」と心をわしづかみにされた。翌日、恐竜模型の撮影で刑部さんと合流してすぐに、「こういう企画があるんだけど、本にできないか」と相談しました。

刑部:その場で即「やりましょう!」となりましたね。「恐竜をさがせ!」シリーズのほかにも、「海野和男のさがしてムシハカセ!」シリーズ(いずれも偕成社)など、写真を画面に再構成したもので“探しあそび” をしてもらって、回答ページで謎が解ける、というクイズ形式の絵本を以前にもつくっていたんです。チリモンもその構成でつくったら面白いものができそうだな、と直感しました。

——見開きいっぱいに広がるチリメンジャコと様々な“チリモン”の迫力ある写真も魅力の一つだ。

刑部:これはね、隅々までくっきり見せるためにジャコやチリモンをばらばらに撮影して合成しているんですよ。“一発撮り”だとどうしても正解が埋もれてしまって目立たないので、背景と正解のチリモンを別々に川嶋さんに撮影していただいて、それを合成しています。

川嶋:最初のほうのページは、ジャコやチリモンのサイズ感も現実のものとは違うんです。そのまま撮るとお皿に対してすごくチリモンが小さくなってしまうんですよね。

『チリメンモンスターをさがせ!』(偕成社)より

日下部:ぼくがこの絵本で面白いなと思ったのは、小さな“あそび”が随所に感じられる部分ですね。お箸の柄がチリモンだったり、スーパーマーケットのチラシが背景にあったり。大人も見ていて楽しい。

刑部:このチラシはデザイナーさんがフリー素材を使って、架空のスーパーのチラシをつくってくれたんですよ。

川嶋:ほかにも、スプーンに映り込んでいるのがチリモンのイラストだったり、チリモンが入っている升の焼き印がメガロパ(エビ・カニの幼生)だったり……。こういう「チリモンモチーフ」を探してもらう楽しみ方もあります。繰り返し飽きずに楽しめるよう、写真の撮り方や仕掛け、場面転換などに工夫を凝らしています。

チリモンを通して考える海の生き物と環境

——編集・制作に携わった刑部さんと川嶋さん、監修した日下部さんやきしわだ自然資料館のスタッフが本書に込めたのは、「チリモンの面白さ・カッコよさの先にある、海の環境についても考えてほしい」という思いだ。

日下部:制作段階では「チリモンがささえる海の生き物」というページが特に印象に残っています。刑部さん、川嶋さんと何度もやり取りして内容を吟味し、つくり上げていきました。チリモン探しの後は、ぜひ実際の海に行って生き物の多様性や環境について考えてもらいたいと思い、力を入れてつくったページです。いずもりようさんのイラストは漫画チックで親しみやすいのに、ひと目でこの魚だなということが分かる。魚の特徴を上手にとらえていて、非常に素晴らしいと思います。

『チリメンモンスターをさがせ!』(偕成社)より

風間:本が出版されてからは反響がすごくて。いろんなところから、チリモンについての問い合わせが増えました。高校や大学の生物部の学生が学園祭でイベントとしてやりたい、といった声をはじめ、給食づくりに関わっている方たちからは子どもたちにもっと魚を食べてもらうためにやってみたい、とか。私どもが思いもしなかった分野の方たちからも興味を持っていただいて、チリモンのポテンシャルの高さに驚きました。

日下部:私は水産系の学会にいくつか所属しているんですけども、支部のイベントでチリモン探しをしたり、大学のオープンキャンパスでチリモンのDNAを調べるようなイベントがあったり。様々な場でチリモンが素材として使われるようになって、広がりを感じました。

風間:毎年、夏休みの時期になると「チリモン、やってみたよ〜」っていう子どもたちからの問い合わせが殺到するんですね(笑)。「これは何ですか」と写真付きのメールが届くことも。

日下部:普通に魚屋さんに並んでいる馴染みのある魚でも、その子ども時代の姿や住んでいる場所が分かっていないことは、少なくないんですね。イベントで「おじちゃん、これなあに?」と聞かれても、分からないチリモンもある。日本の近海には4500種くらいの魚が生息しているんですが、そのうち子ども時代の姿形が分かっているものって、ごく一部なんですよ。だからこそ、この本を読んでチリモン探しにチャレンジしてみたお子さんの中から、まだ子ども時代の姿が解明されていない魚を研究してくれる、そんな未来の科学者が現れてくれればと願っています。

風間:チリモンを同定するときに大事なのは、いつ捕れたものか、どこで捕れたものかという、季節と海域なんです。本が出版された後によくかかってきたのは、「本の最後にある『チリモンカード図鑑』を見ると、アナゴとかハモの幼生は“レア度4”になっているけど、ぼくの住んでいるところでは結構出るから、レア度を変えたほうがいいよ〜」といった、子どもたちからの電話でしたね。

日下部:「レア度」を通して、「なぜこのチリモンは多いのに、このチリモンは少ないのか」など、考えるきっかけになると面白いですね。

風間:自由研究でもね、「探したけど5種類しかいなかったから、自由研究にならへん〜」ってしょんぼりする子がいるんですけど、たとえ種類が少なくても、レア度が高いチリモンが見つからなくても、いろんなアプローチで海や魚について調べていくことができます。海なし県に住んでいたとしても、海の栄養分となるものを供給する河川は身近にあるはず。自分の暮らす地域とチリモンは、必ずつながっているんだよ、ということを伝えたいですね。

日下部:チリモンを見るときは、ぜひルーペや顕微鏡を使って拡大して観察してほしいですね。「なんでこんなにとがった歯をしているんだろう」「この鋭いかぎ爪はなんのためにあるのかな」など、様々な疑問が湧いてくるはず。目が上のほうについているチリモンは、「海底にいて上のほうを見て生きているんじゃないか」など、それぞれのチリモンの生き様までもが見えてくるかもしれない。

刑部:実際にチリモン探しをやっていただくと、新たな発見がたくさんありますね。教材用でなく食用のチリメンジャコでも、スーパーによってはチリモンが多く混じっているものを扱っているところもあるんですよ。ぼくは食用チリメンジャコの中からタツノオトシゴを見つけたことがあります(笑)。いろんなスーパーを回って、チリモンを探してみるのも面白いかもしれません。

川嶋:実際のチリモン探しもこの本も、一度だけではなく継続して楽しんでもらえるとうれしいですね。そして風間さんや日下部さんがおっしゃるように、チリモンを観察した先にはどんな世界が広がっているのか、というのを感じ取ってほしい。読み方や調べ方に正解はないので、自分の好奇心のおもむくままに、どんどんその世界を広げていってもらえればと思っています。