1. HOME
  2. コラム
  3. 本屋は生きている
  4. twililight(東京) 「余計なもの」こそ日々を明るくしてくれる

twililight(東京) 「余計なもの」こそ日々を明るくしてくれる

 理由はないけれど「この人のオススメは信じられる」という対象は、誰にでもいると思う。出版レーベルのサウダージ・ブックスのアサノタカオさんは、私にとってのそんな一人だ。アサノさんが編集した山尾三省の詩集『火を焚きなさい』(野草社/新泉社)を読んで、山尾が過ごした屋久島に行きたくなった。2018年12月に足を運んだのだが、その時に書泉フローラという本屋を訪ね、拙著『離島の本屋』で紹介した。2019年7月に閉店したフローラの店主だった川崎幹雄さんと君子さんとは、今も大事な縁でつながっている。

 まさにマイ・インフルエンサーであるアサノさんが先日、SNSで東京・三軒茶屋の本屋&ギャラリー&カフェのtwililightを紹介していた。えっトワイライトじゃなくてトワイライライト? 打ち間違い? いいや、まずは向かってみよう。

店主の熊谷充紘さん。

3.11に会社を辞め、11年後の3.11に店を始める

 住宅街をゆっくり走る東急世田谷線を下高井戸から乗ること約20分。終点の三軒茶屋で降り、茶沢通りを北へ5分ほど歩く。ボヌールというパン屋の横にある階段手前に、本が並ぶ小さな棚がそっと置かれていた。この3階にtwililightはあるようだ。

 2階にあるカフェを眺めつつ、さらに階段を昇る。店内がよく見えるガラス張りのドアをあけると、ギャラリースペースと書棚、奥の窓側にカフェスペースが広がっていた。外観からは想像がつかなかったが、中に入ると意外と広い。カウンターに佇んでいた店主の熊谷充紘さんによると、約63㎡あるそうだ。

 「トワイライトじゃなくて、トワイライライトでOKなんですか?」

 そんなことを口走る私に、熊谷さんは柔らかくほほ笑んだ。

 twililightがオープンしたのは2022年の3月11日。2021年の11月に、2階のカフェ「nicolas」のオーナーから「3階が空いた」と声をかけられたのがきっかけだったという。あまりにぎやかな店が来られるのはちょっと困る。でも、「ignition gallery」という名前で、さまざまな場所で若手アーティストの作品展示プロデュースや出版を手掛けてきた熊谷さんなら、素敵な空間を作ってくれるのではないか。相談を受けた熊谷さんは、すぐに本屋&カフェ&ギャラリーの複合スペースを始めることを決めた。

「その時は出身地の愛知県豊田市に住んでましたが、イベントに使えるスペースと屋上もあると聞いて、即決しました。自分がホッとひと息つけるのは本屋とカフェ、ギャラリーだったので、そのどれもがある空間にしようと思ったんです。翌月に契約して、2022年の1月に東京に引っ越してきました。2月から内装工事を始めて、1ヶ月程度かかるとのことだったので、3月11日をスタートにしました」

 2011年の3月11日に東日本大震災が起きたことは触れるまでもないが、熊谷さんにとってその日は、5年間勤務したリクルートの退社日でもあった。

 「ちょうど送別会をしてもらうタイミングで地震が起きて。人生は何が起こるかわからないし、支えというものはないのだと実感した日でもあるんですよね」

新刊とZINEは平台と本棚、古本は店奥の本棚や4Fアトリエに置かれている。

ポール・オースターと出合い、視界が広がる

 熊谷さんが生まれ育った豊田市は企業城下町で、友達の家族はほぼトヨタに関連する仕事に就いていた。距離が近い反面、同じようなバックグラウンドの人ばかりが集まってしまう。そんな日々を過ごしていたある日、ポール・オースターの『ムーン・パレス』を手に取ったことで、一気に視界が広がった。

 「その頃、自分が考えていたようなことが描かれていて、海外にも同じ思いをしている人がいるんだなと感じたんです。そこから『ムーン・パレス』翻訳者の柴田元幸さんの訳書を読み漁ったりして、海外文学の世界に引き込まれていきました」

 2000年に大学入学のために上京した熊谷さんは、吉祥寺でのキャンパスライフを大いに謳歌した。

 「それまでは似たような人たちが多かったのに、都会には変な人も楽しい人もいて、何より自由な空気に溢れていて。自分で何かやりたくて経営学科に通っていたのですが、高校生の頃から『STUDIO VOICE』や『relax』が好きだったので、編集の仕事をしたいとも思っていました。それでリクルートに入って、情報誌の編集をしてたんです」

 独立の日に3.11に直面したものの、熊谷さんは立ち止まることをしなかった。ignition galleryを始めギャラリー展示やイベント、書籍編集などの企画を、次々と手掛けていくようになる。中学生の自分を変えた柴田元幸さんとも、CDや本、グッズをともに作っている。地域や誰かを巻き込んで動かし、形にするその力はどこからわいてくるのだろう?

「単純に、相手に自分の『好き』を伝えてきたんです。知り合いでもなんでもない人には、手紙を書いて送ったりして。空振りもたくさんありましたが、いつでも『なんとかなるだろう』って思っているし、失敗してもそれで人生が終わるわけじゃないですよね。twililightを始めたのも、『決まった場所があれば、自分の好きなことをずっと続けられる』って気持ちからでした」

住居だった時代の面影を残す、カフェスペースの壁。

商店街をのんびり眺める屋上スペースが

 twililightがある3階はもともと、1階のパン屋の事務所だった。その前は住居として使われていたこともあり、レトロなタイルが残っていた。それを活かしつつ、壁の周りに本棚とカフェ用テーブル&チェアを起き、フロア中央に平台を配置した。壁はタイル以外にもコンクリートがむき出しのところもあれば、白く塗られたところもある。つながりがないものが並んでいるけれど、なぜかしっかりと調和して見える。要素を詰め込み過ぎていないからだろうか?

 「余白がある方が居心地よく感じるので、残すものは残して作り込まずにラフに仕上げています。タイルがある場所は、もともとは浴室だったと聞いています」

 店内にある小さな階段を昇ると、さらに小さな部屋が。ここはアトリエとして利用できると、熊谷さんが教えてくれた。その奥には扉があり、開くと屋上になっていた。摩天楼は見えないけれど、三軒茶屋の商店街をのんびり眺められる。カフェやギャラリーがある本屋は何度も訪ねたが、屋上がある本屋は今回が初めてだ。

屋上には購入した本やドリンクを持っていける。パラソルがあるので、真夏でも安心!

すれ違った子どもの言葉がヒントに

 品揃えの割合は新刊8、古本2。古本があるのは開店当初資金が少なかったことが理由で、新刊書店としてスタートしたかったと熊谷さんは語る。

 「古本自体は好きなのですが、沼というか、深く入り込むものだと思っていて。でもtwililightは本を探すことが目的でなくても来られる、間口の広い空間にしたかったんです。1階入口に古本を置いているので、地元の人が『古本屋かと思った』と立ち寄ってくれることがありますが、今は他の街から訪ねてくる方が圧倒的なので、どうやったら地域の人に知ってもらえるのかが、課題になっています」

 東京時代は歌舞伎町や代官山などに住んでいたが、三軒茶屋にはなじみがなかった。いざ来てみると地元の仲間が賑やかに集う、夜も明るい街だと気がついた。なのでオープン当初は13時から22時まで開けていたけれど、今は1時間前倒しして、12時から21時となっている。確かに遅くまで開いているカフェは魅力的ではあるけれど、静かに本と向き合いながら過ごすなら、その場所ならではの作法があると私も思う。ところで、なんでトワイライライト?

「本屋もギャラリーもカフェも、なくても生きていけると思います。でもそんな余計なものの存在が、日々を明るくしてくれますよね。トワイライトに余計な『ライ』があるのは、そういう理由なんです。

 黄昏時って一番美しい時間だし、沈みゆく陽を前にすると、『何もしなくてもいいかな』と思うのに、なぜか色々とやりたいことが浮かんできて。そんな人間の余計さというか、愚かしさが愛おしくて。だから『トワイライト』に、余計なものをつけたいと思いました。『トワイトワイライトはどうだろう』とか色々考えながら世田谷線に乗っていたら、『次はさんじゃんじゃや!』と言っている子どもがいて。それを聞いて『あ、twililightにしよう』と思いついたんです」

南アフリカ出身でNY在住の作家バリー・ユアグローがコロナ禍での体験を書いた『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』など、熊谷さんが編集した本やグッズも。

 熊谷さんオススメのキウイクリームソーダを注文して、さっき買ったばかりの本を開く。

 よく考えるとクリームソーダってアイスが余計な気がするけれど、ソーダにアイスが浮かんでいるからこそ、誰が見たって嬉しくなれる。twililightを知ったSNSだって、見なくたって生きていける。でも見たからこそここに来て、熊谷さんと出会い読みたい本とも出合えた。余計は決して、無駄と同義語ではない。そして余白は、足りないということではない。

 これまでずっと余計を省いて、余白を埋めることばかり考えてきたけれど、あえてそれらと、私も親しんでみよう。と言いながらアイスが溶けゆくのがどうにも惜しくて、胃袋の隙間に一気に入れてしまったのだけど。

キウイのクリームソーダは季節限定。ドリンクだけではなく、サンドイッチやタルトなどもメニューに。

(文・写真:朴順梨)

熊谷さんが選ぶ、その世界に深く引き込まれる3冊

●『火星の生活 誠光社の雑所得 2015-2022』堀部篤史(誠光社)

 不毛の地である火星でのサバイバルに嬉々として挑む映画「オデッセイ」主人公について冒頭で触れていますが、その心境が店を始める自分自身に非常にリンクしていました。著者の堀部さんは京都の書店・恵文社から独立し、個人書店の誠光社を手掛けている方なのですが、作中で「業務日誌」と称して店作りをしていく過程にも、大いに共感しました。

『ケアの倫理とエンパワメント』小川公代(講談社)

『群像』の連載をまとめた1冊。自己と他者の関係性としての「ケア」について触れていますが、読み進めていくと自分の中に他者の存在が生まれていきます。文学を読むことで他者への想像力を持つことができると知る、勇気づけられる内容になっています。ヴァージニア・ウルフやトーマス・マン、オスカー・ワイルドや平野啓一郎などの作品についても触れられていて、文学ガイドの側面もあります。

●『信仰』村田沙耶香(文藝春秋)

 短編&エッセイ集なのですが、村田さんの群を抜く想像力で描かれた世界が堪能できます。表題の『信仰』は主人公がカルト詐欺に誘われる短編ですが、誰が何を信じるかは決して否定できないし、自分が見ている世界とは違う世界が存在しているということがわかります。中でもオススメはエッセイで、想像上の世界に住む「イマジナリー宇宙人」について触れているところにグッときました。現実より大切なものがあると。

アクセス