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下村敦史さんにラテンのイメージを吹き込み続けたリッキー・マーティン

©GettyImages

 僕が一番好きな音楽アーティストは、今も昔も変わらず、プエルトリコ出身のラテン歌手、リッキー・マーティンです。

 僕が初めてリッキー・マーティンの曲に触れたのは1998年。サッカー日本代表が初出場したフランスW杯でした。W杯には毎回、公式テーマソングがあり、98年はリッキー・マーティンの「The Cup Of Life(カップ・オブ・ライフ)」だったのです。

 情熱的な音楽に僕は一発で魅了され、そこで初めてリッキー・マーティンというアーティストを知りました。

 世界的にヒットした公式テーマソングで人気が大爆発したリッキー・マーティンは、翌年、「Livi’n La Vida Loca」を発表しました。今でも代表曲となっている、最も有名な曲です。郷ひろみさんが「GOLDFINGER’99」としてカバーしたことでも知られています。「アチチ、アチ――」というフレーズは、大勢が一度は耳にしたことがあるはず。

 僕がリッキー・マーティンを友人・知人に勧め、CDを購入して皆で聴きまくった思い出があります。

 そんな友人の一人が「一緒に語学を勉強しないか」と誘ってきたのは、僕が20歳のころでした。友人はドイツが好きで、ドイツ語を独学で勉強していたこともあり、勉強仲間が欲しかったのでしょう。僕に初心者向けのハウツー本を何冊か見せ、「どれか選んだら貸すよ」と言いました。イタリア語、スペイン語、ポルトガル語などがありました。正直あまり乗り気ではなかったものの、押しに負け、語学の勉強に付き合うことにしました。

 どの言語にもさほど興味がなく、選びかねましたが、リッキー・マーティンの曲を思い出し、彼の母国語であるスペイン語を選びました。

 実際に勉強しはじめると、学ぶ楽しさを実感し、スペイン語に嵌まっていきました。スカパーでTVE(スペインの国営放送)を契約して視聴するほどに。

 それから1、2年が経ち、同じ友人の誘いで小説を書きはじめた僕は、友人を真似て新人賞に作品を応募するようになりました。色んな賞で一次落選が続く中、初めて一次通過したのは江戸川乱歩賞でした。

 一次落選が続くと、本当に応募作を読んでもらえているのかも分からず、不安になるものです。しかし、初めて雑誌に自分の名前が載ったことで、今の自分の立ち位置が分かりました。「この作品で一次通過できるなら、月日をかけて1作に全力を投じたらもっと上に行けるかもしれない」と考えた僕は、次の応募作に丸一年をかける決意をしました。

 とはいえ、平凡な題材に1年をかけても、大した作品にはなりません。1年をかけるならそれに相応しい題材を見つけなければ――と考えた僕は悩みに悩みました。そんなとき、自分が好きなスペインで何かないか探したところ、目に入ったのが“闘牛”でした。

 僕は“闘牛”を題材にミステリーを書きました。舞台はスペインです。執筆中は常にリッキー・マーティンの音楽を流し、ラテンのイメージを膨らませていました。僕が最も情熱を注いだ闘牛ミステリーは、乱歩賞候補になりました。

 その9年後に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビューしてからも、ラテンの情熱は忘れたことがなく、2022年4月、当時の候補作を原型にした闘牛ミステリー『情熱の砂を踏む女』(徳間書店)を刊行しました。男社会のスペイン闘牛界で、日本人女性が人種や性別の偏見の目に負けず、闘牛士を目指す成長物語です。

 リッキー・マーティンに惚れ込んで魅了されたラテンの世界は、今も昔も僕の作風に大きな影響を与えています。