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【戦争と平和②】 軍事・非軍事で見る近現代史 保阪正康

2・26事件で機関銃を備え警戒する兵士=1936年2月、東京

 日本近現代史を私は実証的に検証してきたが、近代史は「軍事」、現代史は「非軍事」と見るのが妥当だと思う。戦争と平和というほど現代史は平和たり得ていないからだ。朝鮮戦争、ベトナム戦争の時代、日本とて平和な状態とは言えなかった。

 日本の近代史は、ほぼ10年おきに戦争を続けてきた。そのため戦争に便利な制度、思想、教育、社会構造を維持してきた。敗戦から現在までの現代史は、その解体、調整を試み、非軍事の制度、思想、教育などを持てるかどうかの歴史でもあった。

ファシズムとは

 その近代史の軍事を分析したのが丸山眞男の『現代政治の思想と行動』である。戦後政治学は、ある時期まで丸山による日本の超国家主義、ファシズムの分析が中心になっていた。丸山自身、軍に召集されたため体験と研究とが一体化し、正確な分析がなされた。日本のファシズムを3期に分け、その特異性を指摘している。家族主義、農本主義、大亜細亜主義などの特質があると述べ、担い手は国民の中間層であったと説く。そして膨大な「無責任の体系」はそのまま軍事に援用されていったのである。軍事の時代の枠組みが非軍事の時代にも存置されていないか、検証を怠ってはならない。丸山政治学が社会を撃つ目は、アカデミズムを離れ、庶民にとっても、重きをなすべきものだと私は考えている。

 国際社会においては、軍事と非軍事という対義語は存在しにくい。ただし、ファシズムとの闘いに、どれほどの覚悟と使命感が必要だったかは記憶しておくべきだろう。マデレーン・オルブライトの『ファシズム』を挙げておこう。米国初の女性国務長官として、クリントン大統領の2期目を支えた。プラハのユダヤ人家庭に生を受けた彼女は、ナチスに人生を大きく変えられた。英国に逃れ、戦後母国に戻るが、共産主義化に伴い米国に亡命した。この書には、スターリニズムを含めファシズムとの闘いが自分の人生だという覚悟と、米国には果たす役割があるという信念が溢(あふ)れている。

 各国の指導者に関する記述もこの書の特質だ。ロシア大統領プーチンの性格を実によく見ている。「真顔で見えすいた噓(うそ)をつき、みずから侵略の罪を犯したときにも、被害者の側に責任があると言い張る」。ウクライナ侵攻前に書かれた書だが、非軍事の世界には不必要なタイプと言いたいのではないだろうか。

 元ソ連大統領ゴルバチョフは、プーチンが作り出したあまりにも理不尽な軍事の世界にどんな考えを持っているか。夫人と本人の母親はウクライナ人だという。今、彼の書『我が人生 ミハイル・ゴルバチョフ自伝』(副島英樹訳、東京堂出版・3960円)も注目されるべきであろう。

人々の生活変化

 ロシアの庶民、ウクライナの人々の生活はどう変化したか。その視点から一冊挙げたい。

 奈倉有里の『夕暮れに夜明けの歌を』は、最も新しい世代の新しい感覚によるロシア文学論、あるいはロシア社会論である。著者の筆は、全体にロシアを突き放して見ている。昨秋刊行された書だが、ウクライナに触れた部分は短いけれども、貴重である。

 彼女が留学したモスクワの大学では、友人を見ても、ロシアにとってウクライナは「外国」というより「家族」という感じだった。ただ、ウクライナでは「どんどんウクライナ語教育が進められていたから」独自の発展をするのかと思っていたという。それがプーチンの軍事侵攻の伏線なのだろう。

 ウクライナの非軍事の日常が、瞬時にして軍事に転換してしまう。私たちは非軍事という、この国で培った体験を国際社会に発信すべき責務がある。=朝日新聞2022年8月13日掲載