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半世紀前のニューヨークの空気も愉しめる「ギャンブラーが多すぎる」 村上貴史が薦める新刊文庫3点

村上貴史が薦める文庫この新刊!

  1. 『ギャンブラーが多すぎる』 ドナルド・E・ウェストレイク著 木村二郎訳 新潮文庫 880円
  2. 『遺産相続を放棄します』 木元哉多(かなた)著 角川文庫 880円
  3. 『いけない』 道尾秀介著 文春文庫 715円

 (1)は1969年の作品。タクシー運転手のチェットが競馬の配当金を受け取ろうと訪ねたノミ屋は、何者かに殺されていた。警察に疑われ、二つのギャング団に狙われ、謎の女性にも銃を突きつけられたチェットは、真犯人を捜して動き出す……。スピーディーかつ意外性に富んだ展開や気の利いた会話が抜群に愉快。終盤には関係者を一室に集めてチェットが推理を披露する場面もあったりして嬉(うれ)しい限りだ。約半世紀前のニューヨークの空気も愉(たの)しめるし、これほどの優良作が本邦初訳であることに驚かされた。

 (2)の主人公は、遺産目当てに旧家の孫と結婚したが、夫の相続放棄宣言で当てが外れた景子。挽回(ばんかい)を画策するなか、彼女は夫の姉を殺してしまったが、なぜか殺人は発覚しない。誰かが死体を隠したのだ……。殺人犯が、死体隠匿者の正体や狙いを推理する構図が新鮮だし、相手との駆け引きも刺激的だ。しかもその先に更なる仕掛けが施されていて十二分に満足。

 4章構成の(3)において、読者はまず各章の物語を味わう。違法改造車の若者たちへの復讐譚(ふくしゅうたん)などだ。続いて読者は明かされなかった真相について、各章の最終頁(ページ)で示された1枚の写真をもとに自力で推理する。誰が死んだのか、なぜ死んだのか、等々。四つの章は、視点人物こそ異なるものの関連を持ち、他の章の謎解きのヒントも得られれば、全体の大きな物語としての愉しみも得られる。能動的に読めば読むほど魅力が増す小説。9月刊行の第2弾も待ち遠しい。=朝日新聞2022年8月27日掲載