1. HOME
  2. 書評
  3. 「加速する社会」 かくも忙しい時代の原理を解く 朝日新聞書評から

「加速する社会」 かくも忙しい時代の原理を解く 朝日新聞書評から

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月10日
加速する社会 近代における時間構造の変容 著者:ハルトムート・ローザ 出版社:福村出版 ジャンル:社会学

ISBN: 9784571410697
発売⽇: 2022/07/04
サイズ: 22cm/522,40p

「加速する社会」 [著]ハルトムート・ローザ

 ますます忙しくなっていないか。電子メールやオンライン会議も活用してマルチタスクでこなしているのに、なぜか以前よりも時間が過ぎるのが速く感じられる。ストレスが高まる。
 そんな「加速の経験」をうまく拾いあげて語り始める本だ。
 ずっと走り続けていないと、いまの立場すら保てないのではないか。そこにはそんな不安が潜む。まるで、「地滑りを起こしている急斜面」に立っているかのようなのだ。社会が変化するスピードはどんどん速くなっており、キャッチアップを少しでも怠れば、たちまち知識や情報は古びて、時代遅れになる。「私たちは同じ場所にとどまるためにできるだけ速く走っている」。「加速する社会」への適応を拒み、電子メールを放置でもしようものなら、代償は高くつく。
 「加速」こそが近代の基本原理である。これが本書の主張だ。近代社会は絶えざる成長と上昇を必要とし、その加速のプロセスが自らを強化して、さらなる加速をもたらす。テクノロジーによる加速、社会変動の加速、生活テンポの加速の三つが循環して互いを強める。つまり適応するからさらに加速するのだ。
 面白いが根拠に乏しい、よくある本ではない。手堅い学術的手続きをふまえた大著である。
 しかも狙いは野心的だ。近代とはどんな時代か。この問いには、これまで、「合理化」(ヴェーバー)、「機能分化」(ルーマン)、「個人化」(ジンメル)などの答えが示されてきたが、著者はこれらの社会理論をすべて包摂しながら、「加速」という答えで置き換えていく。「学問が小粒になった」と感じる読者にも、このスケールは知的興奮を与えるはずだ。翻訳は質が高く信頼できる。
 「加速」という切り口で、過去と現在に鮮やかな説明を与えていくのが、なによりの魅力だ。
 特に、私たちの生きる「後期近代」の説明には、一読の価値がある。20世紀末に始まる「後期近代」は、加速と流動化がさらに進んで臨界点を超えた時代だ。
 かつて加速を促した近代国家や官僚制は、もはや加速の障害だ。デモクラシーが担ってきた意思決定は、「規制緩和」や「自己責任」の名のもと、別の場に移されていく。時間の歩みのなかで自らをつくりあげていく「近代のプロジェクト」は、政治にあっても、個人にあっても、加速プロセスに浸食されているのだ。いまや人生のうちに仕事やパートナーも変わり、アイデンティティーも流動化している。
 暗い展望だ。しかも「脱加速」では解決にならないという。それでも著者は、加速社会に抗する知の営みに希望を見る。
    ◇
Hartmut Rosa 1965年生まれ。独イェーナ大教授(一般社会学・理論社会学)、エアフルト大マックス・ヴェーバー・コレーク所長などを兼務。近代の社会病理を加速に求める独自の社会理論を展開。