安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『草の根のファシズム 日本民衆の戦争体験』 吉見義明著 岩波現代文庫 1628円
- 『そこから青い闇がささやき ベオグラード、戦争と言葉』 山崎佳代子著 ちくま文庫 880円
- 『女たちのシベリア抑留』 小柳ちひろ著 文春文庫 880円
(1)純朴な青年が戦場で変わっていく。「お母さんのおとなしい息子だった僕はいま、ひとを殺し、火を放つ恐(おそろ)しい戦線の兵士となって暮らしています」。日中戦争が始まって間もないころ、彼は日記の中で母親にそう語りかけた。無差別の殺戮(さつりく)を強いられる彼の苦悩と動揺が伝わってくる。一方で、仲間の死に際しては「支那兵に対する憎悪が俺の全身をはせめぐる」とも綴(つづ)る。青年は優しい魂を引き裂かれ、そして銃弾に斃(たお)れた。戦争は、ファシズムは、差別は、こうした「民衆」によって支えられている。著者は膨大な量の戦争証言を拾い集め、日本社会の戦争に対する熱狂と反発をあぶりだす。
(2)命も風景も強奪しながら、戦争は荒々しく日常を組み込んでいく。「最初は、死者が名前で知らされる。それから数になる。最後は数もわからなくなる」。ベオグラード在住の詩人である著者は、空爆が日常化していたころの同地で、戦争の本質を見出(みいだ)した。詩人らしい端正な文章で、セルビアの日常が描かれる。戦乱の中で、「民衆」は時に冷酷で、ときにどこまでも優しく、悲しい。
(3)シベリア抑留をテーマとする作品は少なくないが、多くは「男の物語」だ。実は女性捕虜もいたのだという事実を、テレビディレクターが発掘、証言を集めて深掘りした。なぜ、これまで女性たちは声を上げることができなかったのか。切実極まりない証言者の言葉から、背景にある性差別の問題も浮かび上がる。=朝日新聞2022年9月17日掲載