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「やっぱり古本屋には”出会い”がありますよ」 Riverside Reading Clubとサヌキナオヤ・「古書コンコ堂」店主が読書の秋にオススメする本

(左から)天野智行さん、Lil Mercyさん、サヌキナオヤさん、ikmさん

>【前編】「“確固たるアメリカ”は911で壊れちゃった」Riverside Reading Clubとサヌキナオヤ・「古書コンコ堂」店主が語らうアメリカ現代文学とマンガ

オバマ元大統領と「結構趣味合うんですよね」

Lil Mercy:天野さんにオススメしていただく本はいつも面白いんですよ。この前教えてくれた「丸い地球のどこかの曲がり角で」(ローレン・グロフ)も最高でした。俺は無人島に置き去りにされた犬のふらふらしてる様子を描写した話がすごい好きでしたね。この人の魅力をうまく表現できないけど凄いって声が出る感じというか。短いけどずっしりくるから、読後にゆっくり考えちゃって。

天野:村上春樹はこの人の短編を「まるで大河ドラマを思わせる作風」と評していました。たしかに表題作なんて、フランゼンだったら分厚い長編小説を一冊書いてしまいそうな濃い題材。

Lil Mercy:あーまさに。しかも読後に考えた時間が自分にとってすごく良い時間だったんですよ。こういう短編集に限って全部読まなかったりするんですけど(笑)。「オバマ元大統領が絶賛した」って帯が付いてたけど、「○○が絶賛」系っていう帯自分は手に取ったら戻しちゃう感じでして。まあ自分の好みの問題かもしれないけど。

ikm:わかる。「○○が絶賛」って言われると買わないパターンが多い。ただ俺は結構オバマと趣味合うんですよね(笑)。

Lil Mercy:そうなんだよね。俺もオバマが絶賛した本を他にも持ってるから合うのかな(笑)。

天野:俺もオバマが絶賛してた「ハウスキーピング」(マリリン・ロビンソン)は人生でベスト10に入るくらい好きだしなあ(笑)。あとさ、さっきマーシーくんが言ってた「短いけど一個がずっしりくる」の最たる例がルシア・ベルリンの「すべての月、すべての年」じゃない? 読んだ翌日とかにも思い出して考えちゃう。

Lil Mercy:短いけど「……これすごいぞ」ってなるんですよね。妊婦が運び屋をさせられる話とか。

ikm:ルシア・ベルリンの文章は乾いてるから内容はヘビーでも読みやすい気がするんですよね。これが「アメリカの短編」って感じだと思ってます。

サヌキ:短編って、ストーリーを理解することより、文章のフロウや空気を感じることがメインだと思いますね。或る1曲みたいにして、どんどん読み飛ばしていっていいものというか。ただ、読み心地はスッとしてるのに喋りとは違う重さがある。そういう短編は特別ですよね。

天野:レイモンド・カーヴァーもそうだし、尾崎一雄っていう日本の私小説作家の短編で、奥さんが近所で風呂桶買ってきて玄関でお風呂はいってるだけの話があるんですよ。そういうのも「ストーリー」なんて何もないですからね。でもいい。

ikm:さっきの「美しい人」もそうですよね。コインランドリーに通うだけの話。表面的にはそれしか起こらないけど当然様々な出会いや感慨もあって。ルシア・ベルリンは実体験を元に書いてますけど、俺は良い短編を読んだら事実がどうであれ、書かれたことは著者の実体験が元になっていると思いこんでしまう(笑)。他の作品を読むと矛盾が出てくることもあるけど、それも含めて著者の体験だと納得できてしまうような短編が読みたいと思ってます。

Lil Mercy:ちなみに俺はこれ(「すべての月、すべての年」)留置所で発売したタイミングで読んだんですよ。ikmくんが差し入れてくれて。優しいですよ。サイン入りの欲しい本入れてくれて。そこで、わかったのは、こういう短編は留置場に向いてないかもってことかな。

一同:(笑)。

Lil Mercy:最近読み直したら最初に読んだ印象と全然違いました。凄いって。生活の中で読むからこそ感じられることがあるんだと思いましたね。むしろ中にいる時は壮大な長編とかのほうがいい笑。入院してる人とかにもお薦めできないなと思う。

アメリカの湿地が意味するもの

ikm:コンコ堂に行ったら全部の棚を見るようにしているんですけど、この前、1981年に出たBRUTUSの「活字中毒者を撃つな」って号 を見つけて。パラパラめくってたら河村要助さんがアメリカン・ハードボイルドについて書いたコラムが載ってたから、おっと思って買ってみたんです。そしたら河村さんは「プロットや巧妙なトリックは、わたしにとって二義的なものであり、探偵が事件を追って地味な捜査に足を運ぶ、その区先々で彼の目に映る風景の断片こそ、私の求めているものである。」って書いてて。

サヌキ:まさに「シティ・オブ・グラス」っぽい。その通りですね。

ikm:ですよね。河村さんはそういう小説たちをどう総称したいいかと考えるとむつかしい、みたいに書いてたんですけど、「俺は『街の小説』って呼んでます!」と思いましたね。この文章はコンコ堂で見つけなければ読めなかった。

サヌキ:雑誌でいうとやはり僕は「MONKEY」は毎号気にしてます。とはいえ買ったり買わなかったりで。ただ去年に「湿地の一ダース」って特集 が出まして、これにはレーダーが引っかかりましたね(笑)。

Lil Mercy:「湿地……?」ってなりますよね(笑)。湿地、気になって近くのレコード屋でSWAMPのコーナーみちゃいましたもん笑。

天野:アメリカの湿地は日本と全然違うらしいね。安岡章太郎が1960年にロックフェラーの奨学金でテネシーに半年くらい留学するんですよ。時代的にも今より断然ディープな最深部に。彼は黒人差別を現地で見たかったみたいで。それをもとに『アメリカ感情旅行』という紀行文学を書いてて。で、その本の中にも湿地が出てくるんです。南部の湿地を見ると日本の湿地なんて湿地じゃない、みたいな。南部を舞台にした映画にもそういう風景が出てきますよね。

Lil Mercy:そもそも湿地の規模が違うっていう。

ikm:黒人文学でも湿地は超重要ですもんね。ミシシッピとか。

――ドラマ「トゥルー・ディテクティブ」にも湿地が象徴的に出てきてましたよね。

天野:そうそうそう、あの嫌な感じ(笑)。

サヌキ:この「MONKEY」を読むと、柴田さんが「湿地」をキーワードとした意味を感じることができてすごく面白かったです。僕はこの中のリック・バスという作家の短編「ミシシッピ」が特別気になって。この「アメリカ短編小説傑作選 2001 (アメリカ文芸年間傑作選)」に入っている「隠者物語」も読んでみましたが、とても良い短編でした。そばに沼とか湖が支配的にどうしようもなくあって、その上に人生が漂ってる感じというか……とにかく良かったです(笑)。

Lil Mercy:うまく説明できないですよね(笑)。読んでまた考えちゃいました。「湿地ってなんなんだろう……」って。

天野:考えちゃうってことは良い短編ってことですよね。

こうやって紹介すればどこか復刊するかも

Lil Mercy:天野さんの(リチャード・)ブローティガンの話を聞きたいです。雑誌とかで本の特集があったら絶対に取り扱われてるじゃないですか「アメリカの鱒釣り」。買って途中まで読んで諦めたこと忘れて書い直したりするくらい理解できてないんですよね(笑)。

天野:実は俺も何回もトライしたけどいつも途中で寝ちゃってたのね。でも藤本和子さんが書いた伝記「リチャード・ブローティガン」を読んだら印象が変わった。この本、もう絶版で高いんです。

ikm:それ店の本ですか?

天野:そう(笑)。こうやって紹介すればどこかが復刊してくるかもと思って。ブローティガンってかなり辛い幼少期をすごしてるんですよ。シングルマザーの家庭に生まれて、なかばネグレトみたいな感じで見捨てられちゃって、アメリカの北西部あたりを転々としたり。あと彼は詩人でもあるということを踏まえて読み返すと全然違うと思う。ブローティガンの文章を小説だと思って読むと読みづらいけど、詩集というか散文詩を読む感覚で読んでいくと読めるんですよね。

Lil Mercy:その順番、重要っぽいですね!

天野:少なくとも俺はそう思いました。ブローティガンの背景を知った上であの文章を読むと、行間からいろんなものが垣間見えるんですよ。亡くなった後に見つかった「不運な女」はとくに真骨頂!という感じでよかった。いろんな街を転々していく、なんともいえない話がタラタラと、人を食ったというか彼にしか書けない変な文章が続く。でも藤本さんの伝記を読んでいると、そこから滲み出る巨大な孤独とか濃厚な死の匂いとかがより感じ取れやすくなると思うんですよ。背景を知らずにただ読むと、なんだかつかみどころがなくてよく分かんない話だと思われてしまうかもしれない。だからこそこの本を復刊してほしいんですよ!

――天野さんが持参された中にかなり異質な本があってずっと気になってるんですが……

天野:あ、スティーブ・ジョーンズの自伝(「ロンリー・ボーイ ア・セックス・ピストル・ストーリー」)ですね。

――元セックス・ピストルズの。

天野:そうそう。これは面白かった。ジョニー・ロットンもグレン・マトロックも中産階級なんですよ。でもスティーブ・ジョーンズだけはドチンピラ。出てくるエピソードがいちいちひどい。デヴィッド・ボウイがジギー・スターダストを辞めると発表した有名なライブがあるんです。ライブ盤(「TWO DAYS OF HAMMERSMITH ODEON 1973」)にもなってて。スティーブ・ジョーンズは公演後に会場に忍び込んで機材を盗んだらしいです(笑)。あと、知り合いの洋服屋にバンで行って店の服を全部パクったとか。

Lil Mercy:知り合いから盗んじゃう系ですね。頭のネジ外れてますね(笑)。こういうのたぶん本人は悪気ないって思うんですよね。

天野:結構びっくりしたのが、ピストルズに入った時もスティーブ・ジョーンズは字が読めなかったということ。雑誌にピストルズのライブレポが載って、みんなが「ヤバッ、お前も読んでみ」って渡されたけど、わかんなくて読んでるふりしてやりすごしたとか。現代なら何かしらの病名がついていたような状態だったのかもしれないです。

サヌキ:教育の問題ではないんですか?

天野:それもあるけど、この人の家庭環境もかなりひどい。ネグレクトとか義父からの家庭内暴力・性的虐待とか。いわゆるイギリスの労働者階級のかなり底辺で生きてきたようです。ピストルズが最近ドラマになったじゃないですか(「セックス・ピストルズ」)。あれはこの自伝をベースにしてて、それも最高でした!

Lil Mercy:これはかなり面白そうですね(笑)。

天野:うん。本当に面白いです!あと興味深いなあと思ったのは、「動くものは全てファックして、動かないものは全部盗む」という人生を生きてきたにも関わらず、最近のフェミニズムの風潮を気にして、過去を反省する文章とかもあるんですよ。まさかフェミニズムがスティーブ・ジョーンズにまで届くとは思わなかった。社会は変わったんだなって思いました(笑)。

Lil Mercy:あとスティーブ・ジョーンズがそういう人ってのもあるかもしれないですよね。ちゃんと過ちを認めて反省できる人っていうか。そこも含めて面白いですね。

天野:社会は変わったということに絡めて最後に一個だけ。古本屋の僕がお薦めするのもあれなんだけど、生まれて初めて電子書籍を読んだらすごい便利で。世の中の人はとっくに知ってるんだろうけど(笑)。U-NEXTが配信してる「死が三人を分かつまで」(ケイティ・グティエレス)ってやつ。高橋将貴さんの装画に引っかかってなんとなく読み始めたらすごく面白かった。主人公は1986年にテキサス州南部で起こった殺人事件を追ってる売れない女性ライター。いつか本を出したいって夢を持ってて。その題材として取材する「犯人」女性との思惑、現在と過去の人間関係などが交錯して、そこに南米の歴史も関係してくる。すごく面白かった。この著者はこれが初めての作品らしいです。こういうのもっとやってほしい。

ikm:電子書籍も全然否定しないし、使ってみたいこともあるけど、やっぱ古本屋には”出会い”がありますよね。古本屋でしか買えない本もあると思うし。俺がさっき紹介したBRUTUSもネットにアーカイブしてる人がいるかもしれないけど、その存在自体を知らなかったら検索もできない。雑誌は基本再販しないし。それに、40年前の本と今の自分がフィールできるとか最高じゃないですか。古本屋ではそんな体験もできる。そういう感じも含めて、みんなコンコ堂に来た方が良いと思います(笑)。