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「“確固たるアメリカ”は911で壊れちゃった」Riverside Reading Clubとサヌキナオヤ・「古書コンコ堂」店主が語らうアメリカ現代文学とマンガ

(左から)Lil Mercyさん、ikmさん、天野智行さん、サヌキナオヤさん

ゆるいコミュニティでゆるくつながってる

――今回はマンガ家/イラストレーターのサヌキナオヤさんと、阿佐ヶ谷の古書店「古書コンコ堂」の店主・天野智行さんがゲストです。

天野智行(「古書コンコ堂」店主):ikmくんはお店によく来てくれてたから、ずっと顔は知ってたんですよ。「こういう人なんだ」と認識したのは、写真家の中野賢太くんの個展が高円寺のFAITHってギャラリーであって、Struggle for Prideの今里くんがDJやるというので行った時。そこにikmくんもいて。

ikm:天野さんはコンコ堂の前はレコード屋で働かれてましたよね。

天野:はい。最初は渋谷のディスクユニオンにいて、その後はパンクとハードコアしか置いてない店で働いてました。

――サヌキさんも含め、みなさんは旧知の仲なんですか?

一同:いや全然(笑)。

ikm:サヌキさんは「CONFUSED!」(作画:サヌキナオヤ/原作:福富優樹)が出た時、BRUTUSの鼎談に俺とマーシーくんを呼んでくれたんですけど、実は外の媒体に呼んでもらったのはそれが初めてで。

サヌキナオヤ(イラストレーター):Riverside Reading ClubのことをSNSで知ってお話ししてみたいな、と(笑)。

天野:僕とサヌキさんは毎年やっているお花見で知り合いました。いつも写真家の植本一子さんがいろんな人を連れてくるんです(笑)。

――あ、天野さんは植本さんの著書に登場される、あの天野さんですね! なんとなくみなさんの関係性が見えてきました。

天野:そうです(笑)。ゆるいコミュニティがあって、みんながゆるくつながってる感じ。

サヌキ:お店で立ち話をしたりね。ただこうしてじっくりお話するのは今回が初めてなので今日は楽しみです。

グラフィックノベルの邦訳化に再燃の雰囲気

サヌキ:僕、コンコ堂の11周年記念のハンカチをデザインさせてもらったんですよ。ペーパークラフトのイラストレーションになってて。コピーして切り抜いて組み立てて、実際にコンコ堂を作ることができるっていう(笑)。僕の好きなマンガ家のクリス・ウェアがマンガの作中でやってるのを見て、昔からやってみたかった。実はこういうグラフィックノベルの邦訳が最近ちょっと再燃の雰囲気がある気がして。

ikm:確か「POPEYE」の11月号もマンガ特集(特集「僕にとっての、漫画のスタンダード。」)でしたよね?

サヌキ:はい。海外からはそのクリス・ウェアと、ニック・ドルナソが紹介されてました。

Lil Mercy:ニック・ドルナソの「サブリナ」は藤井光さんが翻訳してるんですね。

サヌキ:12月に出る新刊「アクティング・クラス」も藤井さんですね。原書は8月に出たんですが、翻訳がこのスパンで出ることは本当にありがたい…。

ikm:この連載で紹介した本だと「海の乙女の惜しみなさ」(デニス・ジョンソン)、「神は死んだ」(ロン・カリー・ジュニア)、「ニッケル・ボーイズ」(コルソン・ホワイトウッド)も翻訳されている方ですね。

サヌキ:興味のあるグラフィックノベルを、好きな翻訳家が翻訳してることにとても興奮しました。好きな領域がつながってきたというか。「サブリナ」はグラフィックノベルで初めてブッカー賞にノミネートされてかなり話題になりましたね。すごく陰鬱な内容なんですが……(笑)。グラフィックノベルといえば、今日は「シティ・オブ・グラス」のコミック版(原作:ポール・オースター/作画:デビッド・マッズケリ)を持ってきました。

ikm:最近のオースターとは雰囲気が違いますよね。

Lil Mercy:暗いというか常軌を逸してますよね。俺はニューヨーク三部作(「シティ・オブ・グラス」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」)の「自分がなくなっていく」感じも好きなんですよね。街の中に自分が埋もれていっちゃうというか。自分が街の中にいるだけっていうか。話自体が記号っぽいように感じていて、それだけにこの「シティ・オブ・グラス」のコミック版はスムースに読み進められる分、気づかないうちに取り返しのつかないとこまでいっちゃう感じがありました。

サヌキ:このコミック版は90年代後半に邦訳されてるみたいですね。僕はシーアンドケイクのギタリストのアーチャー・プレウィットが描いた「ソフボーイ」が一番好きな漫画なんですが、これも2000年台前半に邦訳が出てる。「シティ・オブ・グラス」も含め、グラフィック・ノベルと呼ばれる漫画群は昔から点々と邦訳されてはきたんですが、さっきのニック・ドルナソや、エイドリアン・トミネの「長距離漫画家の孤独」がこの装丁で出たり、にわかに盛り上がってる気がするんです。

ikm:初版はモレスキンの手帳を再現した仕様なんですよね。中もちゃんとグリッドになっていて。

Lil Mercy:これはとりあえず欲しくなってしまうやつですね(笑)。

ikm:その流れでいえばデビッド・マッズケリ「アステリオス・ポリプ」邦訳化のクラファンも成功して欲しいですね。一方的にですがめちゃくちゃ信頼している方が翻訳を担当しているのも含めて、とても読みたいです。今日は俺もマンガ持ってきました。川勝徳重さんの「アントロポセンの犬泥棒」という作品。まずジャケが最高。

サヌキ:「CONFUSED!」と同じデザイナー森敬太くんが装丁をされてますね。彼の事務所に飾ってあった台北の犬のポスターを許諾を取ってサンプリングしてるとききました。かっこいいですよね。

ikm:俺はこの中の「美しい人」がすごく好きで。明言はされていないけど、阿佐ヶ谷が舞台でコンコ堂だと思われる古本屋が出てくるんです。そこにもブチ上がっちゃって。基本的にはコインランドリーに行ってそこで起こる小さな話なんですけど、その出来事や思索の描き方はポール・オースターが編んだ「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」に通じる特別感も感じたし、なんならこの内容はルシア・ベルリンが書いててもおかしくないなって思ったりもしました。彼女の短編にもコインランドリーが舞台のものがあって、それも大好きだし。

サヌキ:川勝さんはもはや偉人ですよね。研究する学者気質な面もありつつ、作品ごとにスタイルを変えたりと、プレイヤーとしても超すごい。常に余裕を感じるし、なんだろう…彼の魅力を簡単に言葉にするのは難しいです。

ikm:俺は「CONFUSED!」も小説みたいに読めるんですよね。俺、いわゆる海外文学みたいのを読み始めたのって、鼎談のときにサヌキさんに「ワインズバーグ、オハイオ」(シャーウッド・アンダーソン)や「シカゴ育ち」(シュチュアート・ダイベック)を教えてもらってからなんですよね。

天野:そうなの?

ikm:そうです。海外の小説は読んでたけど、ほとんどSFや犯罪小説だったんで。「CONFUSED!」の後に「ワインズバーク、オハイオ」や「シカゴ育ち」を読んで、いわゆる「海外文学」も同じように楽しめるんだなと思ってからいろいろ読み始めるようになりました。

“確固たるアメリカ”は911で壊れちゃった

――天野さんにもたくさん持ってきていただきました。

天野:僕は結構歴史を追って読んでいきたいと思うタイプなんです。なので「アメリカ文学」と言えばピンチョン、ドン・デリーロ、ジョナサン・フランゼン!みたいな感じで、重厚な大作を頑張って読んでいたんですが、「ターミナルから荒れ地へ - 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学」(藤井光)を読んで「もうそういうことじゃないんだな」って思いましたね。ひと昔前の作家は“確固たるアメリカ”を描いてたけど911で壊れちゃった。

ikm:そうみたいですよね。アメリカ文学には“911以降”という捉え方もあるみたいで。昔はアメリカの中を移動していて、ニューヨークは「オン・ザ・ロード」(ジャック・ケルアック)みたいに国の中を西へ向かう「出発」の街だったのが、今は色々な意味で「再出発」の街になっているとも書かれているし、タイトルにあるターミナルでいえば、そこはグローバル化した移動世界の縮図で、そこでは土地に密着して確固たるアメリカを描き出そうとするより無国籍、多国籍の設定を使った物語を書く作家が増えているというようなことが書かれていると思います。あと、これは翻訳者についてなんですけど、「翻訳者は他人の物語を自分の言葉で語るわけだ」という、ある小説に出てくるすごく好きな言葉があって、たしかに翻訳が素晴らしい方のエッセイ、文章ってこの本もそうですけどすごく面白いんですよね。岸本佐知子さんとか藤本和子さんとかもそうだし。そういう文章を読むと、やっぱり翻訳者は自分の言葉を持っているし、それで自分の物語を語ることも出来るんだなと思わされますね。

サヌキ:911といえば自分はポール・オースターの「ブルックリン・フォリーズ」を連想しますね。大好きな小説なんですけど、最後の一文を読み終えたあとに呆然としました。

Lil Mercy:「ブルックリン・フォリーズ」は失われたものへの愛ですよね。

ikm:俺はタイトルに地名が入ってるかどうかも関係してると思う。「サンセット・パーク」(ポール・オースター)とか。それ以前の作品はニューヨークを描いてはいるけどちょっと架空の街っぽい。物語もフィクショナルだし。

Lil Mercy:俺、10年くらい前に「サンセット・パーク」に出てくるあたりに行ったことあるんですけど、まだ空き家がいっぱいあって中はグラフィティーだらけでした。少したったらオーガニックスーパーや有名なピザ屋が出来ていて、こんなに変わるんだなって驚きました。

――中流階級以上の白人たちがたむろする場所になると。

ikm:「サンセット・パーク」もそれくらいの時期の話ですよね。ジェントリフィケーションが始まって、地価と同時に家賃も上がって、元の住民たちが引っ越していっちゃうっていう。それもできないやつらが空き家でスクワット(無断占拠)するっていう。

天野:「サンセット・パーク」は結構驚いたな。ポール・オースターって読後感がそんな悪くないイメージだったから。

サヌキ:確かに。このかわいい装丁からは想像つかなかったですね(笑)。

Lil Mercy:自分は天野さんが暗いって言ってるって、ikm君から聞いて後半は読んでたのでで割とすんなり受け入れられました。読み終わった後、その話をしにコンコ堂行きましたしね(笑)。

>【後編】「やっぱ古本屋には”出会い”ありますよ」Riverside Reading Clubとサヌキナオヤ・「古書コンコ堂」店主が読書の秋にオススメする本