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「〈サラリーマン〉の文化史」「〈サラリーマン〉のメディア史」 時代の終わり告げるレクイエム 朝日新聞書評から

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
〈サラリーマン〉の文化史 あるいは「家族」と「安定」の近現代史 著者:鈴木 貴宇 出版社:青弓社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784787235091
発売⽇: 2022/08/25
サイズ: 21cm/471p

〈サラリーマン〉のメディア史 著者:谷原 吏 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784766428322
発売⽇: 2022/08/04
サイズ: 20cm/281p

「〈サラリーマン〉の文化史」 [著]鈴木貴宇/「〈サラリーマン〉のメディア史」 [著]谷原吏

 鈴木貴宇『〈サラリーマン〉の文化史』のあとがきに「鎮魂歌(レクイエム)」という言葉がある。谷原吏『〈サラリーマン〉のメディア史』にも「レクイエム」が登場する。似通ったタイトルの本が相次いで刊行され、不思議な偶然だと思っていたのだが、偶然ではなかった。サラリーマンの時代が今、終わりを告げているのだ。
 戦後日本の小説や映画で「江分利満(エブリマン)氏」や「平均(たいら・ひとし)」という名前の主人公が活躍したように、サラリーマンは普通の庶民の代名詞だった。両著によると、サラリーマンという言葉は1920年代に普及した。60年代、彼らは家族主義的な企業に属し、終身雇用と年功序列制度に守られながら、身を粉にして働いて高度経済成長を支えてきた。
 『メディア史』で面白かったのは東宝のドル箱映画「社長シリーズ」と「無責任シリーズ」の相違である。どちらも、義理や人情とは無縁の明るく軽い喜劇。その相違など考えたことがなかった。前者の第1作「へそくり社長」は56年公開。後者第1作の「ニッポン無責任時代」は62年公開。谷原さんはそこに決定的な違いを見いだす。後者の植木等演じる平均は、「社長シリーズ」の「〈家族主義的〉サラリーマン像」と違って「会社への帰属意識が極めて薄い」。確かに、平均は自力でのし上がる。
 谷原さんは続ける。既に当時の経営者団体は「『能力主義管理』という人事管理政策の理念を醸成しつつあった」。それは「若い工員や職員からは歓迎された」と。つまり家族的経営は60年代に早くも崩壊に向かっていた。これは意外だった。能力がないという自覚のある私には多くの人が能力主義を支持する理由が全然分からないが……。
 『文化史』ではこんな重要な指摘があった。戦後すぐは、兵役に出た男性に代わって多くの女性が働いていた。「組合と衝突せずに合理化政策を推進させるための方策が(中略)社内結婚による女性職員の円満退職だった」。組合も、労働条件や賃金体系の公平を求めて運動を強めていくが、「そこには女性労働者は含まれていなかった」。こうして、専業主婦に家庭を任せ、会社に人生を捧げるサラリーマン像が出来上がった。
 「『サラリーマン』の社会的集合性がほころび、『個』がむき出しになったかたちで、バブル崩壊以後の経済不況とリスクに直面せざるをえない」。指針のない大変な時代。これが現在だと鈴木さんは言う。今、レクイエムを歌う理由もお分かりだろう。先人の歴史をひもとき、私たちの進むべき道を探す羅針盤にしなければならないのだ。
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すずき・たかね 1976年生まれ。東邦大准教授(日本近代文学、日本モダニズム研究、戦後日本社会論)▽たにはら・つかさ 1986年生まれ。神田外語大専任講師(メディア史、メディア効果論、情報社会論、計量社会学)。