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「日本のカーニバル戦争」書評 消費者に焦点 「影」を描き出す

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
日本のカーニバル戦争 総力戦下の大衆文化1937−1945 著者: 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784622095231
発売⽇: 2022/08/18
サイズ: 20cm/385,23p

「日本のカーニバル戦争」 [著]ベンジャミン・ウチヤマ

 タイトルの「カーニバル戦争」は見慣れない表現だが、総力戦下の文化状況をとらえた見方だ。文学理論家ミハイル・バフチンの概念を踏まえた。従来の研究は、「臣民」としての日本人の「消費者」の部分を見ることを怠ったという。著者はそこに焦点を当てた。
 カーニバル戦争には三つの特性があるという。柔軟な遊び心、転覆の曖昧(あいまい)な意味、近代戦争の暴力性とその痛快性の礼賛だ。そこには「カーニバル王」と言える存在があるとして、従軍記者、職工、兵隊、映画スター、少年航空兵を取り上げ、総力戦の「影」の部分を歴史の舞台に引き出す。
 戦場の暴力性を「血湧き肉躍るモダンな楽しいものとして瞬時に読者に伝える新しい語彙(ごい)」を獲得した、従軍記者。スリルとスピードは「強烈な快感の解放」を可能にした。中国戦線での「百人斬り」を報じる記者の心理は、こうした歪(ゆが)みからだと指摘されている。
 兵隊については、日中戦争以後、英雄として公認される戦死者「軍神」が激減した。銃後の国民が前線の兵士に送る慰問袋がデパートで売られるようになる。軍当局の世論誘導、発禁作品の広がり、傷病兵への冷たい目などから、大衆の厭戦(えんせん)意識や戦争への非協力ぶりが浮き彫りになる。
 職工をめぐる記述には、著者独自の視点がある。日中戦争の泥沼化は増兵を生み、職工が不足した。産業戦士として優遇されて賃金が上がり、社会的にも注目された。遊楽に耽(ふけ)り、ニセ学生として振る舞う者が出る。上昇志向が一時的に満たされたのだ。彼らは、総力戦システムに「抵抗」する「闘士の役どころを不完全に演じていただけだ」という分析が興味深い。
 少年航空兵は、日本最強のカーニバル王だという。真珠湾攻撃以降、雑誌などで少年たちのヒーローとして描かれ、魅力的な世界を作っていたことがわかる。
 本書は戦時下社会の解析に新視点を持ち込んだが、後続の研究が待たれる。
    ◇
Benjamin Uchiyama 南カリフォルニア大准教授(日本近現代史・文化史、第2次世界大戦、占領期研究)。