「子犬の絵画史」書評 猫派の僕も魅せられる禅の象徴
ISBN: 9784065280843
発売⽇: 2022/08/29
サイズ: 18×18cm/191p
「子犬の絵画史」 [著]金子信久
猫派の僕はどうも犬がニガ手だけれど、それが絵となればまた別の話だ。本書はかわいい日本の子犬画の絵画史である。日本の美術にはお手本があって、中国や朝鮮を源流として模写から入っているが、僕の絵の出発点も模写だった。
本書のハイライトは、なんといっても円山応挙の写生を基本にしたリアルな表現である。応挙は町の中で子犬を見つけると写生をした。「実物の観察」を重視する応挙の子犬の絵にさまざまな様式が混在しているのは、中国や朝鮮の絵画を模写したものと自分の表現が混然一体となっているからで、不明瞭な不協和音を醸しており、まるで多種多様なオーケストラの音のようでもあり、また抽象画のように見える場合もある。
特に白い子犬の描写は薄墨の輪郭線だけで略画風に描いており、他の毛色の犬と混じり合った時に平面で物質感が乏しく、まるで白い空洞がポカンと空いたように見える。そしてそんな白い子犬が毛色の違った子犬と混ざって群像になることで、具象画が突然抽象画に変容する、そんな錯覚さえ覚えるのである。
また応挙の弟子の長沢蘆雪(ろせつ)の子犬は、毛質の異なる犬と混ぜるのを得意としていて、目を細めて全体を眺めると、まるでジャクソン・ポロックのオールオーバーペインティングに見えなくもない。特に「菊花子犬図」などにその痕跡が顕著に見られる。
僕が初めて知ったのは、子犬が禅の世界を象徴する動物であるということ。蘆雪が描いた「寒山拾得図(かんざんじっとくず)」で、中国の風狂の禅僧拾得の足元に白い子犬が3匹、隠し絵のように描かれているのが不思議でならなかったが、そういえば、「犬に仏性ありやなしや」と禅の公案にあったような気がする。仏教の根本原理では一切の衆生は仏性があるという。そう思うと、人と犬との違いはない! 急に自分が犬になった気分だ。そう思って本書をもう一度見直してみよう。
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かねこ・のぶひさ 1962年生まれ。府中市美術館学芸員。専門は江戸時代絵画史。著書に『ねこと国芳』など。