装幀(そうてい)は一瞬の芸術だ。ジーッと眺め続ける、なんてことはない。ページをめくれば表紙は消える。装幀のことなど忘れてしまう。だが、本を閉じた時、さっきとは違う印象で出会い直すにちがいない。「読者」になった目で、見直すことになるから。著者の装幀は読む前だけでなく、読み終えた後にも、強い印象を残す。内容と深く結びついているためだ。
今年3月に78歳で亡くなった菊地信義は、最期まで、34年と3カ月にわたり、講談社文芸文庫の装幀を手がけた。最新刊でもある本書は1300点を超えるその仕事を簡潔に整理し、詳細な年譜と、彼の作品理解に役立つ解説などを付す。膨大な彼の活動の、そのデザイン精神が最もよく現れたライフワーク。ひとつの文庫レーベルを一人に任せるのも異例なら、文字だけで表紙カバーをデザインし続けるのも類を見ない試みだった。独特の色のグラデーションが上から下へ流れる。文字は光を反射し、自在に伸び縮み、ねじれ、折れ曲がる。ある時は亀裂が入り、ある時は影を残して浮かぶ。読むことのできないはずの余白までが語り出す。同じものは二つとない。人生に「同じ」などない、というように。
著者による仕事は完了したが、本があり、人がいる限り、装幀表現の新たな試みは終わらない。講談社文芸文庫における多彩な実験も、本書の編者で装幀家の水戸部功に引き継がれ、続行中だ。=朝日新聞2022年12月17日掲載