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東畑開人「聞く技術 聞いてもらう技術」 〈ふつう〉の行為に宿る知恵

 著者の東畑開人さんは臨床心理士。いわば「聞く」ことの専門家だ。とても読みやすく、腑(ふ)に落ちるところの多い本だったが(そして文章がエモい!)、一抹の不安も頭をよぎった。「〈技術〉というから難しいものを想像したけど、こんなに〈ふつう〉でよいのだろうか」と。

 実は、この〈ふつう〉は本書に頻出する言葉で、東畑さんも聞く/聞いてもらうはふつうの営みであると語っている。ここでの「聞く」とは、誰かの声が耳に入ってくること(身を入れて「聴く」訳ではない)。一見簡単そうだし、実際わたしたちは意識しなくても誰かの話を「聞いて」きた。しかしこうして「聞く」が取りざたされるのは、それがあたりまえではなくなったからだろう。多忙でストレスフルな毎日を過ごし、自分の中に籠(こも)ろうと思えばそのようにできるいま(街中でイヤホンをしている人もよく見かけますね)、他人の声とは耳にすら入れたくない、ノイズになってしまったのかもしれない。

 その結果、わたしたちは現代社会という大海原で、かつてないほど「孤立」している。それぞれがプカプカ小舟に乗った状態で、とても不安だ。だからわたしたちは、たまには誰かに話を聞いてもらいたくなるし、そうなるためにはまず自分が聞かなければならない。やはり人間とは、話をせずにはいられない生きものなのだ。

 この聞く/聞いてもらうを円滑にするため、本書には「小手先の技術」が用意されている。例えば「聞いてもらう」ために誰かと一緒に帰ったり、わざと人前で薬を飲んでみたり……。こうした一見〈ふつう〉に見える行為にこそ、人が長い時間をかけて積み重ねてきた、「世間知」が詰まっているのだ。

 実用的な「小手先」から、いま社会に起こっている現象まで、一気通貫、鮮やかに読み解いて見せるところに、本書を読む効能と知的興奮とがある。読めば自分を振り返らざるをえない一冊です。=朝日新聞2023年1月7日掲載

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 ちくま新書・946円=5刷6万7千部。昨年10月刊。担当者は「臨床経験から学んだ知識を読みやすく凝縮。読んだ日から職場や家庭で実践でき、50~60代を中心に支持されている」。