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「異種移植」書評 前進と停滞 幅広い視野で検討

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月28日
異種移植 医療は種の境界を超えられるか 著者:山内一也 出版社:みすず書房 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784622095286
発売⽇: 2022/11/04
サイズ: 20cm/215,20p

「異種移植」 [著]山内一也

 昨年は遺伝子改変されたブタの心臓が初めて人間に移植された年でもあった。患者が亡くなるまで心臓は2カ月間にわたって拍動を続けた。本紙を含め世界的に報じられたニュースを覚えている方もいるだろう。
 脳死からの臓器移植が命を救う医療として定着した一方、提供できる臓器は圧倒的に少ない。iPS細胞などを使って臓器が再生できるとしてもまだ先のことだ。そこで現実味を帯びてきたのが動物の臓器を用いた「異種移植」である。
 本書は20年以上前に同じタイトルで出版された著書を大幅に加筆したものだ。そのことでもわかるように異種移植の歴史は古い。驚くことに私が生まれる前の1964年にはチンパンジーからの心臓移植が試みられている。世界初の脳死からの心臓移植の4年前だ。同じころチンパンジーの腎臓を移植した患者は最長9カ月近く生存している。
 90年代に入って異種移植は停滞期を迎える。HIV(エイズウイルス)に代表される新しい感染症が次々と出現し、動物が持っている未知の病原体への懸念が出てきたからだ。当時その安全性を評価する国際的な委員会に参加した著者の言葉はもはや歴史的証言といってもいいだろう。
 しかしながら、移植の宿命ともいえる免疫拒絶の方は解決のメドが立ってきた。「超急性」「急性」「慢性」といった拒絶反応のうち、早ければ数分以内にも起こるという「超急性」は、遺伝子操作で回避できるようになっている。
 ただ、一定の安全性が見えてきたとしても社会的な問題が横たわる。日本では議論の乏しい動物福祉や生命倫理を含め、幅広い視野からの問題提起はいずれも示唆に富む。
 それにしても卒寿を超えての執筆には敬服するしかない。一昨年に出した著作が「最後」のつもりだったのが、提案を受け、意欲が湧いてきたという。わかりやすく明快な筆致はいささかも衰えるところがない。
    ◇
やまのうち・かずや 1931年生まれ。東京大名誉教授。専門はウイルス学。著書に『ウイルスの世紀』など。