原作は「ドキュメンタリーを見る感覚」
――はじめに映画のお話がきたとき、どう思われましたか?
お話をいただいたのが、3年ほど前、コロナ禍で世の中が大変な時でした。私自身もいろんなことに直面して、改めて生きるということや自分が大切にしたいものはなにかと考えていた時期でした。
「ちひろさん」という女性を演じるのは、自分とはビジュアルも違うので、ひとつのハードルを越えなきゃいけないという怖さもあったんですけど、それよりも、この作品を観て、生きづらさを感じていたり、対人関係に悩んでいたりする方に届いてほしいという思いが大きく膨らんで、参加することを決めました。
――原作は読まれましたか?
はい。ぜんぜん嫌な気持ちにならない作品で、とても好きです。ちひろさんのドキュメンタリーを観ているような感覚になりました。原作者の安田弘之さんが、ご自身も先々の話や終着点を考えずに、どうなるかわからないまま描いているとおっしゃっていて、そこがきっとドキュメンタリーのように感じるのかなと思っています。捨ててある壊れた掛け時計を大事そうに持って帰るとか、ちひろさんにしかない普通がたくさん描かれていて、あぁ、ちひろさんってホントに生きていそうって思えるリアリティーがあって、すごいなと思います。
――原作のある作品に出るときは、いつも原作は読まれるんですか?
読みます。演じる上でのヒントがたくさん転がっているので、そんな贅沢でありがたいことはないので。オリジナルの脚本だと、全部、自分で想像したり考えなきゃいけないけど、原作があると答えが載っていたりするので、ありがたいなと思います。
――色気だけではなく、不思議な魅力があるちひろさんですが、有村さんが演じるちひろさんもすごく自然で、とてもぴったりだなと思いました。役作りはどのようにしましたか?
私のイメージするちひろさんは、妖艶で艶やかで、目が離せないような色気がありながら、女性らしさとは違うかっこよさもあります。私のビジュアルとは真逆だし、雰囲気を変えるのも難しいなと思ったので、声を低くするとか、早口にならないように喋ってみるとか、言葉から滲む「色」みたいなものを一定にするとか、それぐらいしかできることはなかったように思います。
音楽やアートに救われるのに近いかも
――ちひろさんに惹かれて集まってくる人たちは、それぞれ悩みや傷、孤独を抱えていますが、ちひろさんと出会うことで、少しずつ前を向けるようになっていきます。一見、いい人の話になりそうですが、それだけではないのがちひろさんの魅力でもあります。
そうですね。ちょっとニュアンスを間違えると、なんでも受け入れてあげるよ、というキャラクターになっちゃうなと思ったので、あくまでそんなに人に興味がない、人生を諦めた後で一周まわったぐらいのカラッとした感じというか、人に対して粘度を感じさせないように、気をつけながら演じていたように思います。決して自ら踏み込んで手を差し伸べるのではなく、存在してくれているだけで力をもらえるというか。音楽やアートに癒されたり救われたりするようなことに近いかもしれませんね。
――ちひろさんに共感できる部分はありましたか?
人との距離のとり方は、わかるなという部分はありました。私も、いろんな人と仕事をしているので、人との距離感に悩んだ時期がありました。いろいろ経験して学びながら、自分の心地いい場所はどこだろうって探して、ようやくここ3年くらいの間に見つかったような気がします。
ちひろさんはすごく風通しのいい生き方をしていて、撮影しながら「あぁ、なんかこの感じわかる」という感覚はありましたね。あとは、ちひろさんは私にはない視点で物事を見ているところがあるので、すごく新鮮で、勉強になった部分もいっぱいありました。
――演じていて、ご自身に変化はありましたか?
変化はあまりないですね。私もそもそも、そんなに人や物に執着しなくて、今はそういうタイミングじゃなかったんだなとか、そういうふうに思う性格です。もっとこうすればよかったとか思うことはあっても、人との出会いも別れもタイミングだと思うし、必要であればまた出会えるだろうと思っているので、人との距離感は意外と潔いかもしれません。ちひろさんに似ているというよりも、わからなくはないという感じですね。
――作品には個性的なキャラクターがたくさん登場します。印象に残っているシーンはありますか?
高校生のオカジ(豊嶋花)と小学生のマコト(嶋田鉄太)と一緒に過ごす時間がとても楽しかったです。マコトはすごく自由な子で面白くて、マコトが現場にいるとみんな楽しそうでした。本番の演技でしか出ないものもすごくあって、それが絶妙に可愛かったりして。3人でいるシーンは、すごく心が穏やかになる時間でしたね。
バジル役のvanさんとのシーンもすごく楽しかったです。vanさんはお芝居が初めてとおっしゃっていましたが、全然そんなことを感じさせないぐらいしっかり表現されていて、たたずまいも心もすごく美しくて、バジルという女性に説得力がありましたね。
もっと自分の幸せのために生きていい
――食べること、生きることが作品のテーマにもなっています。食事のシーンが多いですが、中でもお弁当を食べるシーンがすごくおいしそうで印象的でした。
すごくおいしかったです(笑)。フードスタイリストの飯島奈美さんの作るご飯は、なんでもおいしくて。白いご飯だけでもおいしくて、どうやって炊いてるか聞いて、同じ炊飯器を購入しました。全然違います。
――ご自宅でお料理はされるんですか?
よくします。どれだけ疲れていても「台所に立っている自分、偉いぞ」って思いながら(笑)。野菜を切りながら、今日あったことを振り返ったり、頭の中で明日のセリフを確認したり、料理は考えごともできる時間にもなっていますね。
――映画を通して伝えたいことは?
コロナ禍でいろいろ大変なことがありましたが、無理して頑張る必要はないんだとか、どうすれば風通しのいい日々を送れるのかとか、生きることについてたくさん考えられた時間でもあったのかなと思っています。この作品を観て、改めて、もっともっと自分の幸せのために生きていってもいいんじゃないかって思えるといいなと思います。観てくださった方がそれぞれの思いを感じとっていただければ、私も参加できてよかったなと思います。