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家と人の複雑な関係に迫る小説「私の家」 小澤英実が薦める新刊文庫3点

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『私の家』 青山七恵著 集英社文庫 913円
  2. 『待ち遠しい』 柴崎友香著 毎日文庫 990円
  3. 『女二人のニューギニア』 有吉佐和子著 河出文庫 990円

 家とは物理的な空間であり、記憶の器であり、人間同士を繫(つな)ぐ制度でもある。(1)はそんな家と人との複雑な関係に迫る、3世代にわたる一族の物語だ。恋人と別れ実家に戻った娘、居座る娘に苛(いら)つく母親、取り壊し予定の他人の家に奇妙な執着を覚える父親らの視点から、家への想(おも)いがバトンのように手渡され大きな円環を築いていく。〈生活をするということは埃(ほこり)をためること〉という母親が口にした祖母の言葉に膝(ひざ)を打つ。重厚で緻密(ちみつ)、かつ風通しのよい匠(たくみ)の家のような小説だ。

 一方、地縁で結ばれた年齢も環境も異なる3人の女たちを描く(2)は、大家の家の離れで一人暮らしをする春子、大家の娘のゆかり、その親戚の沙希が、他人と友達のあいだの絶妙な距離感でともにいる。人の心を削りも温めもする些細(ささい)な日常の出来事の積み重ねである生のありように、人がひとりで生きていくことの難しさと楽しみがプリズムのように浮かびあがる。いくつになっても「待ち遠しい」何かがある、それはなんという恩寵(おんちょう)だろう。
 女友だちの魅力満載の(3)は、50年も前の出来事とはとても思えない、小説よりも奇なる破天荒な旅行記だ。文化人類学者の友に誘われ軽い気持ちでニューギニアを訪れた作家は、3日間徒歩で五つの山を越え河を渡った辺境のジャングルで帰るに帰れなくなる。豪傑な女友だちの逞(たくま)しさと一途な学究心に感服しつつ、「住めば都」にはなりそうもない圧倒的な異文化の地に体当たりする名コンビの珍道中に頰が緩みっぱなし。=朝日新聞2023年2月25日掲載