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爆笑問題・太田光さん「笑って人類!」インタビュー ダメ総理が世界平和に大活躍? 11年ぶり長編小説

太田光さん=junko撮影(スタイリング:植田雅恵)

「そのうちなんとかなるだろう」

――この小説は、世界戦争、無人兵器、震災、原発事故、SNS上の誹謗中傷など、時事ネタが散りばめられています。いつ頃書かれたのでしょうか。

 実は、結構前なんだよね。最初は映画の企画で、ズッコケダメ総理が世界を引っ掻き回す喜劇を作ろうと思って。2年かけてシナリオにして、それが通らなくて、また2年かけて小説にして。コロナ禍になる前には書き終わっていたかな。

――えっ! ロシアのウクライナ侵攻の前なんですね。大事な和平会議に遅刻した主人公の富士見総理は、民衆から「マイルドテロ」という名のもとに大量の卵を投げつけられます。このシーンは、昨年(2022年)の太田さんのご自宅に生卵が投げつけられた事件への風刺だと思ったのですが……。

 ははっ(笑)、いや、それよりずっと前に書いていました。

――予言みたいですね。「マイルドテロ」と名付ければ、暴挙がまかり通ってしまうところに今の社会を感じました。富士見は支持率も好感度もゼロでありながら、世界戦争を止めようと奔走します。絶望的な状況でも、人間を信じ、未来を諦めません。これは太田さんご自身の考えと近いのでしょうか。

 わりと近いね。俺、植木等の「だまって俺について来い」っていう歌が大好きで。「心配すんな、そのうちなんとかなるだろう」っていう青島(幸男)さん作詞の歌でさ。ホント、これはもう名曲。今でも時々聴くけど、聴くたびに気持ちが明るくなる。漫才でも、小説でも、あの歌みたいなものを作りたいって常に思ってる。

――富士見は演説の中で「未来は必ず面白い」と訴えます。「未来は明るい」ではなく、「面白い」としたのはなぜですか。

 未来は必ず明るい、とは言えないよね。人生、明るくないこともいっぱいある。ただ、俺らはシビアな事件も全部ネタにして、なんとか笑いごとにできないのかっていうのをずっとやってきたんですよ。不幸なことがあっても「だから人生は面白い」って考えることもできるわけじゃないですか。だから「未来は必ず面白い」なら言えると思うんだよね。

――なるほど。テレビで見るシニカルな太田さんとは真逆のまっすぐさを感じます。小説家の太田さんは、漫才師の太田さんとは違うのでしょうか。

 どうなのかね。割と俺の根底はこうだけどね。ただ、漫才はネタ一個やっては落とすっていう、ある種ぶつ切りなものなんだけど、小説は通しで物語を作れる。そこが楽しいですね。あと小説は、田中がいないっていうのがいいね。ジャマされないし、余計な心配もない(笑)。

――小説の中で「連続性球体理論」という哲学論が登場します。私たちは死という無秩序へ基本進んでいるが、同時に誕生や連帯という秩序へ向かうことがある。人間には意思という才能があり、秩序を意思を持って選ぶことができる……。これはご自身の哲学でしょうか。 

 これはね、口からでまかせだね。

――えっ!私の感動、返してください(笑)。

 ははは、これまで読んできた色んな本を頭の中で思い出しながら、それっぽく組み立てたんだよね。たとえば、「エントロピー増大の法則」っていう熱力学の基本があって、これは要するに必ず物事は無秩序に向かうっていう理論なんだけど、そのなかで、生命誕生とか、ところどころ秩序に向かう系が存在する。そのへんの物理学と、若いときに読んだ丸山眞男とか政治学の理論を照らし合わせて作りました。

――幅広いジャンルの本を読んでいらっしゃるんですね。

 知の巨人と言われた立花隆の本が好きで。あの人はまさに、脳死とか科学とか、政治の問題とかもうジャンル無しなんです。すごい好奇心が掻き立てられるんですよね。彼の本に出てきた専門書をまた読んでみたりとか、若い頃は貪るように読書してましたね。そこで俺なりに考えたのは、一度破壊されたものは落ち着く場所を求めて自らを変化させていく。その大前提からは逃れられないんだから、すべての物事はきっと安定に向かうはず、ということ。「連続性球体理論」にはそんな思いも重ねました。

子どもの未来を作るのは俺ら

――一方、現代への風刺もふんだんに織り込まれています。人々は「国民ランク」で好感度をランク付けされ、「ウルトラアイ」という情報端末には好感度が低い人間への「死ね」という言葉が溢れかえっています。太田さんご自身もネット上での炎上や誹謗中傷を経験されていますが、今の状況をどう見ていますか。

 本当のこというと、もう人類は最低に卑怯な部分まで堕ちた状態だと思う。人を貶めたい感情は昔からあったに違いないけれど、SNSという術を得ちゃった時点で世界中の人間が卑怯になった。

 でも俺はまだ救いはあると思ってて、それは子どもたち。今の子はきっと大人のやっていることを、野蛮だな、醜いなって思って、そういうSNSの使い方は廃れていくと思うんですよ。というのは、我々の小さい頃の公園や公衆トイレって、今じゃ考えられないくらい汚かったんです。駅前には痰つぼがあって、灰皿があって、吸い殻だらけだった。だけど公衆衛生とかマナーとか若い人が学んで、すっかりきれいになった。だから、希望的観測でもなんでもなく、おそらくSNSのこの状況も今が底辺で、ここから良くなっていくだろうと俺は思う。

――富士見は「政治は未来の子どもたちのためにあるのです」と語り、戦争の危機に瀕したとき、大人は子どもたちに意見を求めます。この小説では、終始、子どもは尊ぶべき存在として描かれていますね。

 なんでそんなこと書いたのかね……。20代の頃、評論家の西部邁さんと対談したとき、「俺、自分が生きているうちが平和だったらいいわ。政治なんか興味ないし」って言ったのね。そしたら西部さんが「太田君、僕もね、若い頃はそう考えていたんだけど、子どもができると変わってくるよ」って言ったの。俺には子どもができなかったけど、周りにできていったんだよね。田中もそうだし、仲良い芸人もスタッフもそうだし。そのガキ見てると、きったねぇガキなんだけどさ、こいつらが大人になったときの社会は、俺らがやることによって変わるんだろうな、それがいい社会だといいなってぼんやりと考えるようになったんだよね。人並みに。

――この小説を読むと、太田さんって子ども好きなんだなあって思います。

 嫌い! 嫌い! もう大嫌い(笑)。まあ、実際近くにいないから、いいように書けるのもあるんじゃないですかね。

――富士見の協力者として、「オカマ」と呼ばれることにこだわる人物も登場しますね。自分たちはLGBTQとは違うと主張し、「アタシ達は社会問題じゃないわヨ!」と叫びます。

 すごいデリケートな問題だし、この部分はどう読まれるんだろうって気になってるところだね。「サンデージャポン」っていう番組やってて、そこによく取材に協力してくれる「ひげガール」ていうゲイバーがあるんだけど、あそこの連中が大好きでね。多様性うんぬんっていうよりも、楽しませたいっていう気持ちが強い、自らおかまというキャラクターを演じたい人たち。そういう人たちが今主張しにくい世の中だと思って登場させました。おすピーさん(おすぎとピーコ)とも俺ら仲良くて、よく一緒に番組やらせてもらったんだけど、ホントそういう感じだったの。「あたしたちおかまは」って言ってたの。抱えているものを笑い飛ばしちゃう優しさが、あの2人にはあった。もちろん、LGBTQの問題を突き詰めていきたい人もいると思う。ただ、向き合い方に不正解はない。どっちのスタイルも認められるといいよね。

架空の「講和条約」に込めた思い

――1000枚を超える長編の中には、講和条約が出てきます。その緻密な設定に驚いたのですが、憲法改正の動きがある今、これは太田さんからの提案でもあるのでしょうか。

 そういう部分も多少あるかな。僕は護憲派なんだけど、よく誤解されるのが、憲法改正の国民投票の決議に反対かというとそれは違うんですよ。途中までは自民党の保守派とまったく同じ意見。国民投票をし、自民党案を提出して、もう1回、戦後レジュームを国民が自分たちのものとして捉え直すっていうのには賛成。ただ、その投票で俺は護憲に入れるってだけ。だから、小説で書いた講和条約には、「何年かに一回、憲法を見直しましょう、でも必ず平和に向かいましょう」というのを入れました。

――講和条約にはAIやアンドロイドに関する条項も。これらはこの小説の鍵となる存在ですね。

 日本の、フィギュアとかボーカロイドとか、そういうものを単に機械とは考えない、魂が宿るものとして扱う感覚って、特殊だと思うんですよ。世界ではブッダやキリストを祀っているけど、日本の神道は“三種の神器”っていう道具を崇めているでしょ。こういう気質が日本のアニメ文化やアンドロイドが輸出されることによって、世界に広がっていったら、今の殺伐とした状況も変わるような気がしているんだよね。

 富士見の秘書の五代という男を、警察庁出身にしたのはそういう理由。テロや人質事件が起こったとき、日本の警察は犯人を撃って終わりじゃなく、何時間かけても必ず「確保」を目指すでしょ。そこが世界から「甘い」と非難されるところでもあるけど、だからこそ、日本は決してアメリカのような銃社会にはならない。

――一人の男が平和へ奔走する物語を書き上げた今、ウクライナ情勢に思うことは。

 G20とか首脳会議とか国連とか、あんなに頭のいい人たちが集まって、「ウクライナに武器供与を」とかやっているけど、誰一人として、「和平を」って言わない。俺はそれが不思議でならない。日本でこういうこと言うと、「和平なんてけしからん」って必ず炎上するけどね。

 「ウクライナの人が可哀想だから応援しなきゃ」って言うけど、応援するっていうことは「戦争を続けろ」っていうことだからね。でもね、アメリカのチョムスキー(思想家)とかのインタビュー読むとそういう提言もちゃんとあるんだよ。アメリカは今、したたかにそのタイミングを見ているんだと思う。こうしてる間にも人が死んでく。戦争を終わらせることを第一にするべきだと思う。

――最後に、この物語をどう受け取ってほしいですか。

 暇つぶしに軽い気持ちで読んでほしいね。だって、みんなに笑ってほしくて書いたんだから。