「♪SAGA(エスエージーエー)さが~」と歌う自虐的な歌(はなわ「佐賀県」)がヒットしたのは20年前。だが出版史的にいうと、佐賀県はベストセラー、ロングセラーの宝庫である。
といえばまず毎日出版文化賞と大佛次郎賞を受賞、映画も国際的に高い評価を得た吉田修一『悪人』(2007年/朝日文庫)だろう。
佐賀市郊外の紳士服量販店で働く光代と、長崎の土木作業員・祐一。出会い系サイトで知り合った2人はたちまち恋に落ちるも、ある日、呼子(よぶこ)(唐津市)のイカ料理店で祐一は衝撃の告白をする。自首するという恋人を光代は引き止めた。
〈逃げて! 一緒に逃げて!〉
福岡市と佐賀市の県境に位置する三瀬峠で起きた殺人事件から、若い男女の逃避行へ。バブル後の閉塞(へいそく)感を背景に、未来の見えない若者たちを描いた傑作長編。有明海側の平坦(へいたん)な佐賀平野と、玄界灘に面した唐津の絶景が絶妙な対比を見せる。
佐賀県が舞台だった意外なベストセラーがこれ。昭和の名作として知られる『次郎物語』(1941~54年/岩波文庫など)である。
地元教育界の重鎮だった下村湖人が50歳をすぎて着手した自伝的小説で、全5部中、特に有名なのは、作者が生まれた崎村(現神埼市)を舞台のモデルに、主人公・本田次郎の子ども時代を描いた第1部だろう。
生後まもなく里子に出され、就学前に実家に戻った後も家族になじめない次郎。今風にいえば毒親? 親ガチャ? 元祖教育ママたる猛母と反抗的にならざるをえない息子のバトルに驚倒しつつ気づく。これはむしろ親の成長物語だったのだ。
安本末子『にあんちゃん』(1958年/角川文庫など)は小学3年生~5年生だった少女の日記である。舞台は1953~54年の入野村(現唐津市)。日本中の涙を誘い、大ベストセラーになった。
父母をなくした在日コリアンの安本家。4人きょうだいは炭鉱の臨時雇いとして働く長兄のわずかな稼ぎで暮らしてきたが、その兄の解雇で炭鉱住宅を追われ、一家離散に追い込まれるのだ。長兄は職探しに、姉は住み込みの奉公に。末子は「にあんちゃん」こと次兄の高一とともに他家に預けられ、その後も4人は流転をくり返す。〈家のないことより、つらいことはありません。ありません。ありません〉と書く末子。この本が売れて一家は辛くも窮地を脱するが、貧困の現実を知る上でも今なお最強の一冊といえる。
そして平成のベストセラー、人気漫才師・島田洋七の自伝的作品『佐賀のがばいばあちゃん』(2001年/徳間文庫)である。原爆で父を失い、広島で母と暮らしてきた徳永昭広は小学2年生で佐賀城内(佐賀市)にある母の実家に預けられた。〈うちは明るい貧乏だからよか〉〈最近貧乏になったのと違うから、心配せんでもよか〉。そう豪語する祖母との8年間の暮らしは、おそろしく貧しかったが輝いていた。
3冊に共通するのは、職業作家ではなかった書き手が切実な思いを込めて自らの体験を書いていること、そして逆境に置かれた子どもが主人公であることだ。なぜ佐賀県にこれほど強力な子ども関連本が揃(そろ)ったのか、理由は謎だ。でもこれは誇っていいことだよ。「佐賀の3大キッズ・ストーリー」である。
さて、佐賀県の地場産業といえば焼き物である。有田焼(伊万里焼)は16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、鍋島氏が連れ帰った朝鮮半島の陶工たちからはじまった。
中川なをみ『ユキとヨンホ』(2014年/新日本出版社)はその発祥の頃を描いた児童文学。明の豪商だった父と日本人の母の間に生まれたユキは、父の帰国後、伊万里に移住。廻船(かいせん)問屋で働く中、有田で異国の陶工たちと出会う。フィクションと史実の融合が技ありで、何よりユキのキャラクターが最高!
一方、伊藤緋紗子(ひさこ)『華の人』(2010年/小学館文庫)は、大正末期、名門窯元・深川製磁の2代目に嫁いだ深川敏子の物語。東京の女学校で学んだ敏子は、颯爽(さっそう)たる洋装で現れて人々の度肝を抜くが、待っていたのは義母との闘いだった!?
一枚の皿にも歴史あり。世界の有田の磁器ストーリーである。=朝日新聞2023年3月4日掲載