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高宮利行さん「西洋書物史への扉」インタビュー 広く深い世界へようこそ

高宮利行さん

 本を「書物」と呼ぶ時、「書籍」とは違って「精神的、文化的、歴史的な付加価値があるように響く」。著者は本書でそう書いている。

 付加価値は、ほとんど際限のない時空の広がりと共にある。2千年近く前に木板に書かれた手紙に始まる本書は、ペンやインク、紙の誕生から写本の変遷、音読と黙読、書見台の色々まで、書物という仕掛けの歴史を図版も豊富にたどっていく。

 著者は中世英文学や書物史、書誌学の専門家で、英国でも学び、教えてきた。愛書家で知られ、米イエール大学には自身が寄贈した写本のコレクションがある。古書研究の世界は「探偵のような仕事」という。全く同じに見える2冊でも、どこかに違いがないか、目を皿にする。

 グーテンベルクによる印刷機の発明は人類史を変えた。21世紀の今、デジタル技術が「紙」を押しのけて猛威を振るう。この二つが交差するところに著者が立ったのは、1990年代のことだった。慶応大学所蔵の「グーテンベルク聖書」のデジタル化事業である。活版印刷による西洋初の本格的な、しかも両手で抱えるほど大きな書物が、どこにいてもネット経由で閲覧可能になった。

 ただ、デジタル時代になっても、実際に手に取る書物の味わいは何ものにも代え難い。「現物が、グーテンベルク聖書の本物がある、それが大事なんです」。視覚的な美から手ざわり、におい、全ての感覚が動員されてあらがえぬ魅力が書物にはある。結果、本書に登場する幾多の蒐集(しゅうしゅう)家が生まれ、そっくりの偽物づくりに没頭する人たちも現れてきた。

 著者は昔、西脇順三郎の謦咳(けいがい)に接した。「英文科の学生なのだから、ふさわしい本を買いなさい」。読みなさい、ではない。積読(つんどく)にも効用あり、背表紙が語りかけてくることもある。「扉」を開けば、奥は広く、深い。 (文・写真 福田宏樹)=朝日新聞2023年4月1日掲載