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伝統的な英国ミステリと現代的な主人公像の見事な組み合わせ味わえる「哀惜」 若林踏が薦める新刊文庫3点

若林踏が薦める文庫この新刊!

  1. 『哀惜』 アン・クリーヴス著 高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1738円
  2. 『孤島の十人』 グレッチェン・マクニール著 河井直子訳 扶桑社ミステリー 1430円
  3. 『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』 辻真先著 創元推理文庫 990円

 (1)は英国のミステリ作家による新シリーズの第一作。イギリス南西部の町、ノース・デヴォンでアルコール依存症の男が刺殺された事件に、マシュー・ヴェン警部が挑む。信仰を捨て、同性のパートナーと生活を送るマシューは家族と絶縁状態にある。共同体から距離を置く主人公が、狭いコミュニティに隠された謎を追う点に魅力がある。伝統的な英国ミステリの形式と、現代的な主人公像が見事に組み合わさった作品だ。

 英国ミステリといえば、アガサ・クリスティ。(2)はクリスティの名作『そして誰もいなくなった』の現代版というべき小説だ。秘密のパーティーに招待された高校生のメグは、ヘンリー島のホワイトロック邸を訪れる。島に招待された高校生は、メグを含めて十人。嵐で閉じ込められた孤島の別荘で、やがて惨劇が始まる。作者は主にヤングアダルト向けの小説で活躍している作家である。本書もクリスティ作品の本歌取りを行いつつ登場人物を十代の若者に置き換えており、青春小説の味わいもある。謎解き小説としては物足りない部分があるものの、閉鎖空間を舞台にしたスリラーとしては中々の出来栄えだ。

 青春ミステリといえば(3)は必読。戦後の学制改革により共学化した新制高校を舞台に、多彩なトリックが炸裂(さくれつ)する謎解き小説だ。一九三二年生まれの作者が自身の体験を主人公に重ねつつ、大人の欺瞞(ぎまん)を浮かび上がらせる。常に子供の目線に寄り添い続けた作家だからこそ書き得るミステリである。=朝日新聞2023年4月8日掲載