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「キュリー夫人と娘たち」書評 女性にも公平な学びの場を追求

評者: 石原安野 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月15日
キュリー夫人と娘たち 二十世紀を切り開いた母娘 著者:内山奈緒美 出版社:中央公論新社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784120056253
発売⽇: 2023/01/19
サイズ: 20cm/357p

「キュリー夫人と娘たち」 [著]クロディーヌ・モンテイユ

 「キュリー夫人」として広く知られるマリー・キュリーだが、結婚していたのはわずか11年ほどだ。本書はマリーとその2人の娘との生涯を、戦争に翻弄(ほんろう)された20世紀という時代に重ねながら見つめ直す。
 ロシア帝国占領下のポーランドで育ったマリーは、18歳の時に自ら志願し地方で住み込み家庭教師となり、姉の学業を支援する。3年間、仕送りを続けた後、マリーもパリでの学業生活を開始した。
 現在高い女性就業率を誇るフランスでも20世紀初頭では、女性は結婚し家庭に入るべきだという考えが一般であった。そこでは、女性科学者の研究成果など求められてはいなかった。
 科学者マリーの存在意義を最も深く認識していたのは共同研究者だった夫のピエールだっただろう。ノーベル物理学賞には当初、ピエールともう1人の男性研究者のみが推薦されていた。それをよしとしないピエールがノーベル委員に手紙を書いたことでマリーへの異例の授賞が決まった。
 そのピエールが馬車にひかれて亡くなってしまうと、8歳と1歳の娘を抱えたマリーは、当時は非常に珍しい「バリキャリ」のシングルマザーとなる。第1次世界大戦ではX線医療を普及させ、レントゲン撮影で銃弾の位置を特定するなどの医療を発展させた。
 早くから科学の素養を開花させた長女イレーヌは17歳で母と共に、そして後には単身で戦地に乗り出す。当初、人生の目標を見つけることができずに葛藤した次女エーヴは、母の死をきっかけに執筆した『キュリー夫人伝』が高く評価され、人生が動き出す。
 対照的な2人の娘は冷戦下で政治的信条を分かつが生涯をかけて追求したものには共通点がある。低賃金で働く人々こそが実感できる平和と女性にも公平な学びの場の実現だ。それは、マリーから引き継いだ願いでもあったはずだ。その追求のバトンは、現代に生きる私たちに託されている。
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Claudine Monteil  1949年生まれ。作家、歴史家。著書に『世紀の恋人 ボーヴォワールとサルトル』など。