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「成瀬は天下を取りにいく」書評 未来を夢見させてくれる主人公

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月22日
成瀬は天下を取りにいく 著者:宮島 未奈 出版社:新潮社 ジャンル:

ISBN: 9784103549512
発売⽇: 2023/03/17
サイズ: 20cm/201p

「成瀬は天下を取りにいく」 [著]宮島未奈

 本書を読み終えた夜、成瀬が夢に出てきた。
 何十年も数えきれないほど本を読んできたけれど、小説の主人公の夢を見たのは初めてだった。それほどに鮮烈な印象が残った。
 吉川トリコ、窪美澄、町田そのこらが輩出した「R―18文学賞」で史上初の三冠(大賞、読者賞、友近賞)を受賞した「ありがとう西武大津店」を含む本書は、デビュー作にして発売前重版がかかった。帯には三浦しをん、辻村深月、柚木麻子といった「読み手」としても信頼の厚い作家たちの、熱いコメントが並ぶ。
 六話からなる物語の舞台は、琵琶湖に接する滋賀県大津市。「他人の目を気にすることなくマイペースに生きている」成瀬あかりの中学二年生から約四年間の生き様が、幼馴染(なじみ)の島崎を筆頭に、立場も距離感も異なる人々の視点から描かれていく。夏休みの間、閉店の決まったデパートへ毎日通い、唐突に「お笑いの頂点を目指そうと思う」とM―1グランプリへの出場を決め猛進する成瀬の言動は、明らかに「普通」の枠からはみ出している。
 群れない、媚(こ)びない、空気は読まない。けれど、驕(おご)らず、騒がず、強制もしない。成瀬は自分が異端であることに屈託を抱えているわけではないし、苛(いじ)められているわけでもない。ただ自分のやりたいことを自分が納得できるようにしているだけなのだ。
 成瀬は、将来の夢として「二百歳まで生きる」と掲げているのだが、もちろん周囲は真に受けない。それでも彼女は言う。「わたしが思うに、これまで二百歳まで生きた人がいないのは、ほとんどの人が二百歳まで生きようと思っていないからだと思うんだ」
 この感覚が、読みながらじわじわと効いてくる。
 憧れて妥協して、忘れようとして忘れられなかったものが本書にはぎっしり詰まっている。だからこそ読者は成瀬が見ている未来を夢見てしまうのだ。唯一無二の青春がここにある。
    ◇
みやじま・みな 1983年生まれ。大津市在住。2018年、「二位の君」(宮島ムー名義)でコバルト短編小説新人賞。