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表現の自由と憲法 モノがいえる社会のために 慶応大学教授・鈴木秀美

参院予算委員会で放送法について答弁する岸田文雄首相=3月23日

 国際NGO「国境なき記者団」が毎年発表している「報道の自由度ランキング」で、2022年、日本は180カ国・地域中、71位だった。主要7カ国(G7)中最低で、台湾(38位)、韓国(43位)よりも低かった。

 松井茂記『表現の自由に守る価値はあるか』は、日本が自由にモノをいうことが難しい社会になっているとの問題意識から、ヘイトスピーチ、フェイクニュース、「忘れられる権利」などの論点を取り上げ、政府が「表現の自由」を制約することや、そのような制約を求める国民の声が増えていることに疑問を投げかけ、再考を促す。

 松井は、民主政において表現の自由を保護する必要性を訴えてきた。ところが、最高裁の判例をみると、学説からみて過剰とみられる表現規制も、ことごとく合憲と判断されてきた。政府による表現の自由に対する制約を容認し、積極的に支持さえする空気に変化はみられない。政府は、自らへの批判を許さないという姿勢をはっきりと示すようになっている。

政治的な公平

 具体例には枚挙のいとまがないが、15年、高市早苗総務大臣(当時)が、放送番組を編集するにあたって「政治的に公平であること」を求める放送法4条について、国会で新たな解釈を加える答弁をしたのは、その代表例である。従来、総務省は、政治的公平を放送事業者の番組全体で判断するとしてきたのに、高市大臣は一つの番組のみでも極端な場合には政治的に公平とはいえないとし、16年にはそれが政府統一見解とされた。

 先月、総務省の内部文書が公表されたことで、高市答弁の背景事情が判明した。当時の首相補佐官が、政府に批判的な特定の番組を問題視し、抵抗する総務省に、一つの番組でも政治的に公平とは言えない極端な場合を明文化するよう強引に働きかけ、安倍晋三首相(当時)も後押ししたのである。

 山田健太『放送法と権力』は前記の高市答弁を批判し、番組の良しあしを、時の為政者が判断するという考え方に放送界が異を唱え、視聴者の見る目を変えることから始めるべきだという。そのためには、放送法の下で政府がやってよいことは何かを、放送界の共通認識にしておく必要があると説く。

自律を念頭に

 諸外国では、放送規制は独立行政機関が担当するのが当然なのに、日本では総務大臣が担当している。そのこともあって、放送法4条は違憲だとする学説もある。ただし、同条は合憲だが、放送の自律のための倫理的規定であり、電波法76条により放送法4条違反だとして総務大臣が放送局の電波を停止することは憲法上許されない、というのが通説である。総務省関係者の共著である金澤薫監修・放送法制研究会編著『放送法逐条解説 新版』(情報通信振興会・5280円)も、電波法76条の適用は可能としているものの、放送の自律を念頭において、適用は極めて慎重に行う必要があるとしている。

 放送の自律を強化するための第三者機関として、放送倫理・番組向上機構(BPO)がある。三宅弘・小町谷育子『BPOと放送の自由』は、その組織や活動を解説し、通説的解釈を踏まえて、BPOの決定に基づいて放送事業者が改善に取り組んでいる事案では、総務省は重ねて行政指導しないことを原則とすべきだと指摘する。

 日本では、自由で民主的な社会における表現の自由の意義や、放送を含む報道機関の役割について、十分な教育が行われてこなかった。この機会に、表現の自由を保護することの必要性、放送法の趣旨、BPOによる自主規制の役割などへの理解が、広く社会で共有されることを期待している。=朝日新聞2023年4月29日掲載