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凶暴なサメが暴く、人間の本性 雪富千晶紀さん「ホワイトデス」インタビュー

雪富千晶紀さん=撮影・有村蓮

映画「ジョーズ」にはないオリジナリティを

――2019年に刊行された雪富さんの『ブルシャーク』は、日本では珍しいタイプの本格サメパニック小説でした。反響はいかがでしたか。

 言われてみると日本ではあまりサメ小説ってないですよね。海外だと映画『ジョーズ』や『MEG ザ・モンスター』の原作など結構書かれているんですが。『ブルシャーク』はそんなサメ映画好きの方々が買ってくださるのかと思ったら、予想に反してそうではない方も読んでくださって、「サメ小説って面白い」と言ってくださったのが嬉しかったです。

――雪富さんは以前からサメ小説を書きたいと思っていたそうですね。そもそもサメ好きになったきっかけは何だったのでしょうか。

 子供の頃、テレビでヨシキリザメの研究者のドキュメンタリー番組を見て、美しさと怖さに魅了されたんです。その後、名古屋市の科学館で6メートルくらいある冷凍されたホホジロザメの展示を見て、ますますサメの虜になりました。サメの魅力は、なんといっても泳ぐ姿の美しさですね。尾びれを左右に振って、すっと水の中を進んでいく優雅さは、他の生き物にはないものだと思います。

――今年4月末に発売された最新作『ホワイトデス』は、待望のサメパニック小説のシリーズ第2弾。『ブルシャーク』では富士山麓の湖にオオメジロザメが現れましたが、今度は瀬戸内海に映画『ジョーズ』でおなじみのホホジロザメがやってきます。

『ブルシャーク』は『ジョーズ2』をひな形にストーリーを作ったのですが、今回は映画と同じホホジロザメが登場するので、できるだけオリジナリティを出す必要がありました。そこで6、7メートルある巨大なホホジロザメが3匹現れて、しかもそれぞれ頭が良いとか、ジャンプが上手いといった個性を持たせたんです。

――サメ好きにとってスピルバーグ監督の『ジョーズ』は、やはり特別な作品なのでしょうか。

 特別以上の存在です。あれを超えるサメ映画はこの先も出てこないんじゃないでしょうか。凝った設定も最新のCG技術も使わずに、サメ1匹だけであれだけの恐怖を生み出したスピルバーグの演出力はすさまじいと思います。みんなが思い浮かべるサメの怖さは、ほぼあの映画に描かれているはずです。

雪富千晶紀さん=撮影・有村蓮

愛するがゆえに直面した矛盾

――『ホワイトデス』では瀬戸内海に潜ってタイラギ漁をしていた青年・俊が、巨大なホホジロザメに襲われて死亡。その悲劇を皮切りに、3匹のサメが人を襲いはじめます。

 人がサメに襲われるシーンは書いていて一番力が入りますね。ホラー作家はみんなそうだと思いますけど(笑)。『ジョーズ』を何度も見返して、怖いと感じる間合いを体にしみ込ませながら執筆しました。

 冒頭の俊が襲われる場面は、30年ほど前に起こった事件がもとになっています。松山沖でタイラギ漁をしていた漁師がサメに襲われて、切り裂かれた潜水服とヘルメットだけが回収されたという事件です。昔からこの事件が印象に残っていて、いつか題材として取り上げたいと思っていました。

――物語は俊の敵を討とうとする父親の盛男と、海洋生物保護団体に関わっている大学生・湊子の2人を軸に、多くの人の視点を交えながら進行していきます。『ブルシャーク』に比べて、人間ドラマの要素がより濃くなっていますね。

『ブルシャーク』を書いた後、何度か取材を受けるうちに自分の中の矛盾に気づいてしまったんです。サメ映画はサメが怖くて、凶暴なほど面白い。しかし生き物としてのサメを愛する人の中には、サメ=悪という創作物によってついてしまったイメージを正すための活動をしている方もいます。わたしはどちらの考えにも共感しつつ、中間で揺れている中途半端な存在なんです。

 そんな葛藤を抱えながら書いた結果、『ホワイトデス』は通常のサメパニック小説とは少し違ったものになりました。『ブルシャーク』でも渋川まりという海洋生物学者を通して、人に危害を加えるサメは悪なのかという問題を扱っていますが、今回はより多くの視点から、サメと人間の関わりについて考えてみました。

――サメの命が大切だと考える湊子は、1年半前の事件でサメを殺した大学の指導教官・渋川のことを憎んでいます。緊張感のある2人の関係も読みどころですね。

 湊子を書いていて、若い頃の自分を思い出しました。世間を知らないがゆえに万能感を持ち、自分の考えが絶対的に正しいと周囲にも押しつけてしまう。未熟で視野も狭いから、湊子には渋川がサメを愛していること、苦渋の決断でサメを殺したことが伝わらないんです。アメリカ育ちの渋川准教授は『ブルシャーク』でも手応えを感じたキャラクターだったので、引き続き登場させることにしました。

雪富千晶紀さん=撮影・有村蓮

不可解な行動をめぐるミステリー

――3匹のホホジロザメの出現によって、瀬戸内海沿岸部の経済は大打撃を受けます。それを打開しようと漁協はサメ見物の観光クルーズを企画。サメに翻弄される人びとの姿は、どこか滑稽でもあります。

 もしも人喰いザメが瀬戸内海に現れたら、社会はどういう反応をとるのかをシミュレーションしてみました。恐怖でパニックになる人がいる一方で、その機会に一儲けしてやろうという人も当然出てくるはず。まあそういう考えは大抵、さらなる惨事を生むんですけどね(笑)。サメの怖さとあわせて、人間の愚かさやしたたかさをあらためて感じてもらえれば。

――サメの姿を撮影しようと全国からユーチューバーも押し寄せます。中でも水着姿で再生回数を稼ぐ零細ユーチューバーのカップルは、どこか憎めないキャラクターです。

 サメものにはやっぱりビキニが欠かせません(笑)。『ブルシャーク』にも水着で泳ぐギャルを登場させましたし、今回も出さないわけにはいかなかったんですが、舞台である3月の瀬戸内海はまだ冷たいですからね。苦肉の策で水着姿が売りのユーチューバーという設定を思いついたんです。サメ映画でいつも食べられてしまうギャルやカップルには思い入れがあり、つい応援したくなってしまいます。

――ミステリー的な構成も、雪富さんのサメ小説の特徴。『ホワイトデス』でも3匹のサメの不可解な行動の原因が解き明かされ、意外な黒幕が浮かんでくるところに面白さがありました。

 自然科学的ミステリーの要素は毎回入れたいと思っています。『ブルシャーク』だとなぜサメが巨大化したのかという謎、今回の『ホワイトデス』だとなぜサメたちは瀬戸内海から出ていかないのかという謎。その解決を矛盾なく、手がかりを回収しながら書くのは大変でしたが、ミステリーとして面白いものになったと思います。

――タイトルのホワイトデス(=白い死神)とは、白い腹をもつホホジロザメの異名です。しかし本当の死神は他にいるのかもしれない。ラストまで読むとそう思わされます。

 サメにも人間にも命があり、生存本能があります。人を襲うサメが悪いのではなく、サメと人間が出会ってしまうこと自体が問題なのではないか。だとしたら人間にも配慮できることがあるかもしれません。変わっていく盛男と湊子の姿を通して、サメについて深く考えるきっかけにしてもらえると嬉しいです。

 とはいえ本質的にはサメが暴れまくる小説。人間が派手に食い殺されるシーンや、サメと人間の息詰まる死闘もたっぷり描いています。個人的に気に入っているのは、ジャンプしたサメが遊覧船に飛び上がるシーン。サメ映画好きの方ならきっと気に入ってくれると思います。

雪富千晶紀さん=撮影・有村蓮

愛好家感涙の映画は「ディープ・ブルー3」

――近年はサメ映画がちょっとしたブームです。竜巻に乗ってサメが襲ってくる『シャークネード』など突飛な設定の作品が多くなっていますが、あのあたりもご覧になっていますか。

 ええ、もちろん。サメ映画はスピルバーグの『ジョーズ』を頂点に、名作から頭が朦朧としてくるような作品までありますが、サメが出てくる時点で私の基準はクリアしています(笑)。映画の出来がいまひとつでも、サメものを作りたいというスタッフの熱意に共感してしまうんですよ。

――では「好書好日」の読者に向けて、何本かおすすめのサメ映画を教えていただけますでしょうか。

 まず『パニック・マーケット』はおすすめです。洪水に呑みこまれたスーパーマーケットにサメが入ってくる、という設定の作品で、サバイバルものとしてよくできています。最近気に入っているのが『ディープ・ブルー3』。このシリーズの1作目は言うまでもなく傑作なんですが、3作目もサメ好きの心をくすぐるシーンが満載でお気に入りです。実は、この映画にも3匹のサメが出てくることを『ホワイトデス』執筆中に知って焦って観たのですが、内容はまったく違ったので安心しました。特に私が感動したのは、悪役の人間に襲われそうになった主人公をホホジロザメが助けてくれるというシーン。サメ好きは「ピンチをサメに助けてもらいたい」という願望を心のどこかに持っていると思うのですが、そんな夢を見事に叶えてくれました。

――日本ホラー小説大賞受賞作『死呪の島』でのデビューから来年で10年となりますね。今後書いてみたいテーマやジャンルはありますか。

 一番書きたいのはサメものですね(笑)。サメ小説を書くのはデビュー前からの夢だったので、場があればいくらでも書きたい。サメには何百という種があるので、いくらでもバリエーションが生み出せると思うんですよ。

 あとはやっぱりホラーです。デビュー作以来、ミステリー要素があるホラーを書いてきましたが、恐怖に振り切った作品も書いてみたいと思っています。アメリカ南部の文化が好きなので、ブードゥーの呪いなどを扱った本格ホラーをいつか書けたらいいなと。子どもの頃から怖いものが大好きで、内外のホラー小説を読みあさり、ホラー映画を見まくってきました。いろいろな作品に挑戦してみたいと考えていますが、今後もホラーという軸がぶれることはないんじゃないでしょうか。