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「鉄のカーテンをこじあけろ」書評 秘密を明かす元共産主義者たち

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月03日
鉄のカーテンをこじあけろ NATO拡大に奔走した米・ポーランドのスパイたち 著者: 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784022518873
発売⽇: 2023/04/10
サイズ: 20cm/343,21p

「鉄のカーテンをこじあけろ」 [著]ジョン・ポンフレット

 昨年来のロシアによるウクライナ侵攻に伴い、冷戦後のNATO拡大の経緯に改めて注目が集まっている。本書は、そこに情報機関の活動という角度から新たな光を当てている。
 時は一九九〇年十月。クウェートに侵攻したイラクからCIA支局長を含む六人のアメリカ人が陸路でトルコへ脱出した。手引きをしたのは、同盟国のイギリスやドイツではなく、ポーランドの情報部員だった。この奇妙なエピソードの背景を探るべく、本書はスパイたちの証言を収集する。
 その起点は、冷戦末期にあった。ポーランドの情報機関の中で、ソ連と西ドイツが頭越しにドイツ統一を進めて国境を画定するのを防ぐべく、ソ連の勢力圏を脱してアメリカに接近する動きが生じる。共産主義体制が倒れて「連帯」が政権を握ると、CIAの支援が始まり、湾岸戦争でのイラクからの脱出劇に至った。
 この意外な形で始まったスパイたちの対米協力が、ポーランドのNATO加盟の伏線となる。アメリカ同時多発テロ以後のアルカイダとの戦いでもCIAとの連携は続き、捕虜尋問のための収容所も建設された。
 だが、この貢献は報われない。やがてポーランド政界で右派が台頭すると、情報機関の元共産主義者たちは追放されてしまい、それをCIAも傍観した。
 そんなポーランドのスパイたちに、本書は同情的だ。アメリカとの同盟は「カバとの結婚」であり、どれほど相手に尽くしても、その巨体の無責任な動きに振り回されてしまう。この比喩は、同じく対米関係に翻弄(ほんろう)されがちな日本に住む読者にも納得できるだろう。
 その意味で、巻末の解説が指摘するように、スパイたちの証言には政治的な動機もある。それでも、秘密を生活の糧とする者たちが、これほど饒舌(じょうぜつ)に自らの活動を語ったことに驚かずにはいられない。本書は、公式の記録に残らない歴史を発掘するジャーナリズムの醍醐(だいご)味を実感できる一冊だ。
    ◇
John Pomfret  米ニューヨーク生まれ。ジャーナリスト。ワシントン・ポスト紙の特派員として長く活躍。