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山内志朗さん「流れることへの哲学 存在の花を訪ねて」インタビュー 概念でなく具体性の中に

山内志朗さん

 年を重ねるにつれ、桜の開花が待ちどおしくなった、という。ツアーに参加し、満開の桜に感動した。桜の花から哲学の存在論の話が始まる。

 「哲学は抽象的な概念の中ではなく、具体性の中にあると思っているからです」

 ふつうは「花が存在する」と言うが、あるイスラームの哲学者は「存在が花する」と言うべきだとする。存在という途方もなく大きなものが、花としてここで現れているというのだ。

 「満開の桜を見ると、直感的にわかるのではないでしょうか。存在を〈流れ〉としてとらえるための入り口です」

 山形県の信仰の地、湯殿山のそばに生まれた。先祖は3代前まで山伏だった。東京大に学び、西洋中世のスコラ哲学者ドゥンス・スコトゥスを中心に、倫理学や現代思想、身体論、修験道、アニメなども研究してきた。

 本書は、〈流れ〉が主題になりにくかった西洋哲学の中で、ヘラクレイトスやタレース、スピノザ、ドゥルーズらに着目。〈流れ〉と相性が良い東洋思想では老子や荘子、鴨長明、世阿弥を取り上げる。存在、中動態、時間、聖霊などを〈流れ〉の思想史として描いた、随想的な考察だ。

 本の中ほどに、師の坂部恵さん(1936~2009)を悼む文章「風と流れをめぐる思い出」がある。大学2年の時、坂部さんの授業でライプニッツを読んだこと。30代で書いた最初の本『普遍論争』が、のちにライブラリー判になった際、解説を書いてもらったこと。亡くなる数日前、お見舞いに行って交わした、いくつかの言葉が印象的だ。

 長い時間をかけて、わかってきたことがある。

 「自分はスコラ哲学の、小難しくて概念だらけの世界に入ったけれど、根本的には坂部先生のような叙情的なことをやりたかったんだな」

 同時に、スコラ哲学者は論争の中で生きていたので、硬く強い議論をするが、根底にあるのはやわらかい人間だ、と気づいた。「ディテールに入っていくと、テキストに埋もれていた生身の感情が現れる。やっとわかるようになったという感じがありますね」(文・石田祐樹 写真・小山幸佑)=朝日新聞2026年1月17日掲載