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文藝賞・坂本湾さん 初小説が芥川賞候補に。不登校、非正規を経て「熱くなれるのは小説だけ」#34

坂本湾さん=撮影・武藤奈緒美

北海道→沖縄の引っ越しで本好きに

 坂本さんと本の出会いは、小学1年生のときの引っ越しがきっかけだった。

「母の実家の北海道から、父の実家の沖縄県宮古島へ行くことになって。方言がわからず引っ込み思案な性格もあって小学4年生まで全然友だちができませんでした。それで図書館に行って読書するようになったんです」

 その頃は青い鳥文庫の「パスワード」シリーズや江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズにハマっていた。

「ある日、気づいたんです。タイトルの横とか上にあるこの名前の人の本を読むと、大体面白いってことに。それで『作家』というものを意識しだした。高学年になって友だちができても、本を読む面白さは変わらず、乱歩の『人間椅子』や『芋虫』から純文学の世界に入っていきました」

 中学1年で福岡へ引っ越した。

「新しい環境に適応できないストレスが少しずつ溜まって、中学時代に爆発したんでしょうね。毎日学校に行く、ということがどうも合わない。周りが見ているもの、夢中になることに興味が持てないし、逆もまた同じで理解されない。気づけば虚無主義的になっていました。その中で、唯一熱くなれるのが小説だったんです」

 

 通信制高校に進学し、卒業に最低限必要な単位をとる以外はバイトかブックオフ通い。芥川龍之介や大江健三郎、金原ひとみ、村田沙耶香の小説をむさぼり読んだ。大学時代には、現在SF作家として活動する人間六度さんが立ち上げた文芸サークルに入る。

「お題を出してその場ですぐ短編を書いて合評するとか、10秒くらいの映像を書き起こして発表し合うとか、そういう実験的なことをするサークルでした。そこで短いものから少しずつ書くようになりました」

 小説家になりたい、と思ったのはその頃から?

「子どもの頃からずっとなりたかった。でも何を書いても完成させられず、応募できなかった。書きかけのテキストだけが溜まっていきました。初めて応募したのは短歌の賞。大学中退後、派遣社員として働き始めた最初の年に、笹井宏之賞に応募しました。三十一文字(みそひともじ)の短歌なら終わりのタイミングがすぐ来るので完成させられたんです。1次予選も通りませんでしたが」

執筆はローテーブル&ビーズクッションで。「じつは受賞後にちゃんとした机を買って今はそっちで書いているんですが、この連載に載るかもと思って執筆当時のものを取っておきました!」=写真:武藤奈緒美

「完成させる」が最大のネック

 2024年3月、小説「BOXBOXBOXBOX」を完成させ、文藝賞に応募した。初応募で初受賞、それが芥川賞にノミネートされるという快進撃。なぜ今回は完成できたのでしょうか。

「実質2年かかっています。文芸サークルで高校の時に宅配所でバイトした経験を元にした短編を書いたら反応がよかったのでいつか長編にしようと意識していて。2023年の3月くらいから構想を考え始めて、プロットができたのがその1年後。本文が完成したのがさらにその1年後でした」

 それだけ長いとモチベーションを持続させるのが難しそうですね。

「POP思想家の水野しずさんが提唱する〈セルフ独房システム〉という考え方に助けられました。これは〈生活とは恒常性のものであって、自分で決めてリソースをつぎ込んだことだけが生活の中に出てくる〉という理論なのですが、具体的には、決められた時間に起き、決められた時間に運動し、決められた時間に創作をする、といったルーティン化をすれば、おのずとやりたいことができるようになるというもの。それを取り入れ、仕事から帰ってご飯を食べたあと、必ず3時間執筆する、というのをやっていました。仕事の忙しさによって2時間になったり1時間になったりしましたが、水野さんの言葉〈やったことしかやったことにならない〉を胸に刻んで続けられました。
 それと、派遣社員として労働するなかで、焦燥感やどん詰まり感を強烈に感じるようになったのも大きいです。小説家になるためには、当たり前ですけど、小説を書きあげるしかなかった」

「BOXBOXBOXBOX」は宅配所で働く4人が描かれ、「労働」が主題です。これは坂本さん自身にとっても大きなテーマなのでしょうか。

「そうですね。高校は宅配所や看板持ち、大学はスーパーの品出し、中退後は派遣社員として電話オペレーターをやり、どれも自分の能力が評価されてやりがいを感じるような仕事ではなかった。怪我や心身を病むリスクもあるのに、それに対してのケアが全然なされない。人間扱いされない。作中の4人はありえたかもしれないマルチバースの自分でもあり、最終的に自分を救いたくて書いていたように思います。けれど救い切れなかった。あの小説の終わり方には納得しているんですが、思考としては考え足りない、まだまだいける、と思っています」

 書いているなかで希望は見えなかった?

「解決の糸口になるのはフレンドシップだと思い、4人が連帯するようなシーンを入れたんです。でもそれも、現実に起こったこととしては登場させられなかった。文藝賞も落ちるだろうと思っていました。小説を完成させる方法はようやくわかったから、これを生かして次だなって」

執筆のルーティン化に役立った水野しずさんの本や『天才たちの日課 女性編』。メモの束はオペレーターの仕事をしている間に思いついたことを書き留めたもの。「大江健三郎、安部公房、多和田葉子など尊敬している作家の本を、パソコンを囲むように置いていました。本から思念が出ている気がして。お守り代わりです」=写真:武藤奈緒美

 文藝賞受賞の知らせを聞いたときはどう感じましたか。

「執筆時から時間が経って書いていた時の記憶が薄れていて、なんだか何もしてないのに評価されたような心許なさがありました。その感覚は選評を頂いたときも、授賞式も、芥川賞ノミネートの今に至るまでずっと続いています」

 なぜ「BOXBOXBOXBOX」は受賞したと思いますか。

「現代に通ずる普遍的な社会認識や制度のゆがみ、苦しみを書ききっているからですかね? でも、素の僕として思うのは、運がよかったんだなって」

デビューに合わせてサインも考えた=写真:武藤奈緒美

理想の労働「小説家」

 小説家になりたい人へアドバイスを。

「これ、考えてきました(笑)。メモしてきたので読んでいいですか」

 ぜひお願いします。

「一つ目は、がむしゃらにやみくもにやらないこと。自分は衝動的に物語を作りがちなので自戒も込めてです。書いたあと冷静な目で読んで、小説の完成度を高めるための効率的な努力をすることが大事だと思います。
 二つ目は、締め切りを守ること。いちど小説を完成させてしまえば、作品を自己分析しやすくなり、改善点が明確になります。筆者ではなく読者目線で自分の作品を読むことは不可能ですが、努めてやってみると新しい発見があります。加えて、信頼できる読者がもし近くにいれば、そのフィードバックを参考にすることもできます。
 三つ目は、執筆の活動そのものの根源的な喜びを味わいに行くこと。土井善晴さんが『味付けはせんでええんです』という本の中で「和食は味探しである」と書いています。極端な味付けはしないで、ただ茹でたもの、焼いたものを口に入れ、自分から味を探しに行く。自分の小説も、自ら魅力探しをやっているとモチベーションがずっと続く。自分に才能があるとは思いませんが、時々、自分が考えたとは思えない、自分を超えた文章が出てくることがある。たとえ『BOXBOXBOXBOX』が受賞しなくても書き続けていただろうと思うのは、この面白さ、喜びを知っていたからだと思います」

 坂本さんにとって「小説家になる」とは。

「最高の職業に就くこと。僕にとって小説だけは特別扱いなんです」

 映画でもアニメでも漫画でもなく、小説が特別なのはなぜでしょう?

「子どもの頃から、芸術は作者の純度が高ければ高いほどいいと考えていたんです。小説は一人で完全にコントロールされた世界を作れる。もちろん編集の方の手も加わっていますけど、その作品が誰かに届くまでの加工の手が少なくて、その誰かもそれを一人で読む。この関係が特別なんです。今では、これはかなりロマンティシズムな考えだとわかっていますが」

 もしかして、坂本さんが小説家になりたかったのは、「小説を書く」という労働が、坂本さんが許容できる唯一の形態だからかもしれませんね。純度100%の自分ひとりで、誰の手も借りずに自分が認めた価値のあるものを生み出す労働。

「本当にそうですね。そういえば、小川哲さんに言われたんです。『実際、小説を書いてみたら、箱を仕分ける労働と変わらないかもしれないよ』って。今後、そう思う日が来るかもと思ったら怖いです。でも今のところ幸せなので、この労働を続けたい。そしていつか『BOXBOXBOXBOX』のあの4人を救い出したい」

 

新しく整えた労働環境と=写真:武藤奈緒美