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BL担当書店員が選ぶ【2023年上半期】マイベストBL

アラサーリーマンの不器用な恋(井上將利)

 今年もあっという間に半分が過ぎてしまいました。そこで今回は上半期を振り返ってみてのマイベスト作品をご紹介いたします。

 選んだのは、奏島ゆこさんの「また明日会えるよ」(ホーム社/集英社)です。まだ本作が単行本2作目となる作者さんですが、温かみのあるキャラクターや風景の描写などを是非見て頂きたい&個人的にも「これ好き!」というツボにはまった作品です。

【あらすじ】
ヤケ酒した日の翌日、見覚えのない一軒家で目を覚ました会社員の木村。泥酔し倒れていたところを介抱してくれたのは、その一軒家の持ち主・国島だった。落ち着いた様子の国島と温かい家の雰囲気に、木村は久しぶりに心の安らぎを感じる。その後、国島と会社で再会し同じプロジェクトに参加することになり、困惑しつつも交流を深めていく二人。次第に国島の存在がかけがえのないものになっていく木村だが…。
穏やかで朴訥な研究員×真面目で繊細な営業マンが紡ぐ、不器用で愛おしい大人たちのラブストーリー。 ホーム社「また明日会えるよ」作品紹介より

 「不器用で愛おしい大人たちのラブストーリー」という謳い文句はまさにその通りで、若さあふれる真っ直ぐで猪突猛進なピュアラブ!とかではなく、お互いのことを想いながらも良き理解者でいようと距離感を探ったり微妙なせめぎ合いをしたりする様が描かれています。そして感情の起伏や心情の変化はありながらも作品全体として落ち着いた雰囲気が感じられ、読み手としても何というか丁寧な心持ちで読み進めてしまう不思議な魅力があります。

 また場面ごとに風景や背景に溶け込む2人の自然体な感じもとても好きなポイントです。お花見のシーンでは公園で2人が会話する場面がすごくリアルに感じられて印象的でしたし、その流れで木村さんが「恋愛とは恐ろしいものです」と失恋したことを告白する一コマでは一瞬時が止まったような感覚で、その言葉がとても重みを帯びて突き刺さりました。

「また明日会えるよ」より ©奏島ゆこ/ホーム社

 そして僕が最も印象的だったのは海辺でのシーン。国島さんに連れられて海に向かって思いの丈を吐き出そうとする木村さんでしたが、思わず言葉に詰まり、こみあげてしまう一幕。

 木村さんの後ろ姿から伝わる数え切れないほどの想いが国島さんと読者をハッとさせる描写に、心を鷲摑みにされたような胸の詰まる感覚を覚えました。ここは本当に2023上半期のベストシーンです!

 アラサーの2人がお互いを想い慎重に関係を築いていく様、そして最初の出会いからだんだんと互いの内面を知っていく過程に読者として寄り添いながら、2人を見守るように楽しんで頂きたいです。自分のすぐ隣で起きていそうな、普遍的かつ特別でかけがえのない恋模様を是非。

サイボーグの兵士と生身の植物学者が恋するSF BL(原周平)

 2023年ももう半分終わるんですね……早すぎる! 上半期のベストということで、いつも1作品を決めるのが難しいテーマですが、今回は自分の好きな要素がたくさんあってBLとしても新鮮に楽しめた作品を選ばせていただきました!

 琥狗(くく)ハヤテさん「BLACK BLOOD」(プランタン出版)

 舞台は西暦3020年、黄緑色の惑星・通称「ペリドット」。高酸素で人間にとっては過酷な環境をテラフォーミングするために研究が行われている場所です。その地に降り立ったのは、戦うことに疲れたサイボーグの兵士・イーサン。セキュリティとして着任した彼は植物学者・ミハイルの屋外活動の護衛を務めることになり、共に時間を過ごすことで忘れてしまっていた感情を思い出していくのです。

 研究のことはもちろん、イーサンに対しての言動もまっすぐでひた向きなミハイル。戦場で生きてきたイーサンの、いつも波の無い凪の海のようだった心を少しずつ揺らしていく様子が各話で描かれていきます。人間的な感情はコントロールできるはずのイーサンが、心を動かされると油圧液が漏れてしまう、というところがなんだか可愛らしいです(笑)。サイボーグになって長いイーサンにとって、生身の体は触れれば壊れてしまいそうなくらい、か弱いものだと思っていたのに、段々と触れたくなっていく。好きという感情が生まれていく様が見ていてじんわり温かい気持ちになります。

「BLACK BLOOD」より ©琥狗ハヤテ/プランタン出版 2023

 自分の変化に戸惑いを隠せないイーサンもまた微笑ましいところ! 落ち着いた雰囲気で寡黙な感じがしますが、「大切なものを守る」ことが行動原理であるように、サイボーグに体を作り変える前も男前で渋いイケメンだったんだろうなーと思わせるキャラクターです。

 一方のミハイルは人懐っこくて、真摯に研究に没頭する姿勢や、ものごとを本質的に見ることができる感覚がすごく素敵です。イーサンのことを「人」として認めて素直に好きと言える純粋さは、まぶしいくらい(笑)。

 そんな2人がお互いに気持ちを通わせていく過程は本当にピュアで、姿かたちに囚われない愛情と幸せを噛みしめる姿にはキュンキュンしちゃいました。そしてまさか追加パーツでアレが付けられて1つになれるなんて……未来ってすごい!

 周りのキャラクターも個性的で魅力あふれる人物ばかりです。特にホークがノリは軽いけど良いやつで一番好きでした。サイボーグである自分と生身のミハイルとの恋に悩むイーサンに、「イーサンはミハイルが好きで ミハイルもイーサンが好きならいいじゃないっすか」って、さらっと言った一言が個人的にはとても響きました。

 絵柄や世界観がすごく素敵で好みなのはもちろん、2人の恋を通じて、人の心や愛情は複雑でありながらも、普遍的で思ったより単純で、種や姿かたちに関係ない素晴らしいものなんだと伝えてくれているように感じて、とても心に残る1冊になりました。