1. HOME
  2. 書評
  3. 「ミルク・ブラッド・ヒート」書評 命の連環 おぞましくも美しく

「ミルク・ブラッド・ヒート」書評 命の連環 おぞましくも美しく

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2023年07月08日
ミルク・ブラッド・ヒート 著者: 出版社:河出書房新社 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784309208787
発売⽇: 2023/04/27
サイズ: 19cm/237p

「ミルク・ブラッド・ヒート」 [著]ダンティール・W・モニーズ

 乳と血と熱、それは命を生かし、次の世代に繫(つな)ぐもの。1989年、米フロリダ生まれの黒人女性作家によるこのデビュー短編集は、それらを物語に溶かしこみ、舞台となるその地の空の青さや夏の暑さ、そこで暮らす人々の脈動を丸ごと閉じ込めたように鮮烈だ。
 どの作品も、人生のさまざまなステージにいる女性の痛みや葛藤を、おぞましくも美しく描きだす。人種の異なる2人の少女の喪失と成長を鋭く描く表題作は圧巻だ。互いの血を混ぜピンクに染まったミルクを飲み干し「血の姉妹」の契約を交わす冒頭は、一滴でも黒人の血が混じれば黒人と見なす過去の掟(おきて)を想起させるが、本作には人種の交差だけでなく、キリスト教の教義を自分たちの物語に書き換えていく野心的な試みも見て取れる。
 たとえば三位一体の概念は本作で、死者が生者の体内で生きつづける証(あかし)であり、ひとつの物語を複数の視点から語る装置でもある。種の境界を融和する視線は、人種だけでなく人間と動植物のあいだにも向けられる。美食家達(たち)が最後に辿(たど)り着いた食事。自分の脚を食べるタコ。命を生み出すために命を食べる、その無限の循環には、グロテスクさと崇高さが同居する。
 本作を特徴づける多様な母娘のかたちは、母性とはなにかを読者に問う。流産後から視界に胎児の体の部位が現れる女性や、娘を祖母に託し世界を放浪する母親。女性たち一人ひとりが、「母から娘、そして母へと、時間のはじまりから途切れることなく繋がり、乳と血で結ばれている」過去へと遡(さかのぼ)る環(わ)であることが、複数の語りをとおし繰り返し描かれていく。
 とはいえ作品はバラエティー豊かで、病に侵された妻から逃れるように、若い女性目当てにバーに通いつめる中年男性を見舞う悲劇も。環境への懸念や魔女信仰といった現代的な風景のなかでアメリカ文学を更新する、新しい世代のヴォイスに出会える作品だ。
    ◇
Dantiel W.Moniz 米ウィスコンシン大マディソン校助教。創作を指導する傍ら執筆活動をしている。