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杉井光「世界でいちばん透きとおった物語」 「紙」の本と過ごすいい時間

 この文章を依頼された時、「詳細をお伝えすることは控えますが(略)紙の書籍の良さがじんわりと感じられる物語です」と書いてありました。タイトルは『世界でいちばん透きとおった物語』とのこと。書籍が届くまで、いろいろ想像をし、薄い紙を作るのが得意な土佐和紙の産地の高知県で以前見せていただいた典具帖(てんぐじょう)紙で本文ができているのではないか、とひらめきました。なんと一平方メートル当たり一・六グラム。想像しにくいかもしれませんが、手のひらに乗せれば、手相が見えるほどの薄さです。天女の羽衣もこれよりは厚いのではないかと思えるほど。驚くべきことに印刷も可能で、開発をしたひだか和紙の社長さんの名刺も作られていました(印刷物よりも、その薄さから、文化財や古文書の修復に役立っているようです)。そんな紙で本文ができていたら、さぞかし薄く、しかも世界一透明と言えるだろう……しかし両面に刷れないから……ブツブツと完成品を妄想。

 本が届き、そうだ、文庫だったんだ……と、思っていた「透明さ」は無かったことに落胆したのですが、読み進めていくうちに、そんな想像は天女ごとどこかへ飛んでいき、先へ先へとページを進みました。

 いったいどこまで書いていいのか本当に憚(はばか)られる物語なのですが、文庫の裏側のあらすじにもある通り、大御所ミステリ作家の落胤(らくいん)である主人公が、正妻の子である異母兄に半ば強引に命令され、遺稿を探し求めるという流れ。とはいえ父とは会ったこともなく、校正者であった母にも助けを求められず、編集者と、父の愛人たちと話していくうちにすこしずつ、透明さが形を現していく仕掛け。

 実はわたしは読み進めながら、違和感を持ち続け、二十数ページで確信を得てしまったので、それを考察しながら読んだのですが、遅かれ早かれ、どこかで気づきつつも、物語はその仕掛けに関係なく、いい時間を過ごせるものでしたのでご安心を。=朝日新聞2023年7月15日掲載

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 新潮文庫nex・737円=9刷18万部。5月刊。「玄人筋のミステリ読みを驚かせ、普段本を読まない層まで広がった」と担当者。