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「パチンコ」など歴史を物語に仕立てる3点 藤井光が薦める新刊文庫

藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『パチンコ』(上・下) ミン・ジン・リー著、池田真紀子訳 文春文庫 上下とも1056円
  2. 『HHhH プラハ、1942年』 ローラン・ビネ著、高橋啓訳 創元文芸文庫 1430円
  3. 『無垢(むく)の時代』 イーディス・ウォートン著、河島弘美訳 岩波文庫 1507円

 歴史を見事な物語に仕立てる3冊が揃(そろ)った。(1)は日本による韓国併合で幕を開ける。朝鮮半島南部の漁村で育った女性ソンジャは、妊娠中に大阪の猪飼野に移り住み、在日コリアンとしての生活を始める。やがてソンジャの2人の息子たちも、戦後の日本でそれぞれ家庭を築いていくが、孫たちの代になっても、法的そして社会的な差別が彼らの前に立ちはだかる。故郷と呼べる土地を持てない人々の三世代にわたる苦闘、希望と絶望に、心を揺さぶられずにいるのは難しい。

 打って変わって(2)は、過去を再現する作家の手つきそのものを主題とする。1942年のプラハで起きた、ナチス幹部の暗殺事件を、現代に暮らすフランス人作家は調査を行いつつ物語として記述していく。暗殺の成否も、そして暗殺を実行したヨゼフ・ガプチークとヤン・クビシュの運命も、史実としては動かない。だが、実行者たちに思い入れを強める作家は、事件を目の前で見ているかのように語りつつ、その史実と格闘しようとするのだ。

 1920年に出版された(3)は、19世紀後半のニューヨークの社交界を舞台とする。上流階級同士での結婚を目前にした主人公ニューランド・アーチャーの心は、社交界のしきたりに完璧に適応した婚約者メイと、ヨーロッパでの結婚生活から逃れてきた伯爵夫人エレンとの間で大きく揺れ動く。個人の感情と社会の慣習が繰り広げる、チェスのように濃密な駆け引きは、作家から読者への美しい贈り物でもある。=朝日新聞2023年7月15日掲載