「電機屋さんのカメラ」が“本物のカメラ”になれるのか。1981年にエンジニアとしてソニーに入社し、この3月に退社した石塚茂樹氏は、初のデジカメでありフロッピーディスクに記録できる「デジタルマビカ」から「サイバーショット」、そして初のミラーレスデジタル一眼レフ「NEX」、フルサイズの「α7」シリーズに至るまで、ほぼソニーのデジカメの歴史すべてに携わった。
コンパクトデジカメ戦争があったかと思えば、スマートフォンの台頭と普及によって、市場全体が縮小。活路を見出(みいだ)すにはデジタル一眼レフだが、ここはキヤノンとニコンが8割近いシェアを占める固い牙城(がじょう)を崩せない。ソニーの一眼レフを持っていっても、だれからも「電機屋さんが何しにきたの」という有り様……。まさに待ったなしの「弱者」の状況から、ミラーレスのデジタル一眼レフでトップシェアを奪取する大ヒット商品「α7」シリーズを生み出すまでのプロセスが詳細に語られる。しかしこうなるには、開発に携わったこの石塚氏のキャリアそのものを追う必要があった。
入社早々にベータの家庭用ビデオ規格競争における敗北を目の当たりにし、マビカ開発では海外でヒットする意味を肌で感じた石塚氏。「NEX」開発では陣頭指揮をとり発売までの道筋をつけたところで、バッテリー部門へ配属されてしまう。しかしそこで、今後のスマートフォンの普及を予感しデジカメが滅びかねない空気に直面する。
また、一時は工場長として異動し、現場を支える一人ひとりに想(おも)いを馳(は)せ、ひとりではなにもできないことを実感していく。常に遊び心がある「これぞソニー」という商品たちに触れてきた石塚氏。これまで手掛けた商品のひとつひとつに、どういう意図があり、どのような結果をもたらしたかを把握してきたからこそ、弱者からの大逆転を可能にしたことが理解できるようになっている。どのようなキャリアも無駄にしない石塚氏の姿勢からは学ぶことが多い。
思えばソニーは、ゲームでも、ブルーレイでも、液晶テレビでも、ポータブルカーナビでも、パソコンでも、規格競争と売り上げにおいて勝利と敗北を繰り返し、その都度選択と集中をして世に「驚き」のある商品を送り出してきた。そしてあらゆる商品に石塚氏のいう「こだわり」「わりきり」「おもいきり」が気持ち良いくらいに感じられる。
「5年以内にソニーのαが、レンズ交換式カメラでナンバーワンになるぞ」。根性論ではない、現実的でおもしろい目標で全員がひとつになっていく。時代とともにアップデートし続け、対応していく行動力は読んでいても心が躍る。ソニーは、楽しい。=朝日新聞2023年7月15日掲載
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日経BP・1870円。石塚茂樹氏はソニーグループ元副会長で、山中浩之氏は日経ビジネスのシニア・エディター。対話形式の連載をまとめたオーラルヒストリーだ。