「おばけのかわ」に隠れているのは……
——おばけのかわをむいてみたら、いったい何が出てくる……? ページをめくるたび、予想もしない展開が新鮮な驚きと笑いをもたらす、たなかひかるさんの絵本『おばけのかわをむいたら』(文響社)。2022年に上梓してから約1年で、10万部を超えるヒット作となった。「おばけのかわをむく」という奇想天外なアイデアはどこから生まれたのか。
文響社さんから最初にいただいたのは「鬼の日常」みたいなテーマだったんです。何度かラフを描いてみたんですが、しっくり来なくて。「一度、自由に描いてみてください!」と言われて、「じゃあ、おばけの皮むいてみよか」って(笑)。もともとSNSで公開している漫画のほうで、「エビフライの衣をバナナみたいにむいて中身だけ食べる」っていうネタがあったんですよ。読者の反応はイマイチだったんですが、「皮をむく」という発想自体はかなり気に入っていたんです。
絵本の冒頭でいきなり「おばけ」が出てきて、まるで当たり前のように皮をむいていく。皮をむくといえば、まずはバナナやな……というところからスタートしました。基本は「いないいいないばあ」と同じつくり。ページをめくると皮をむいたおばけの中から、予想もしないものが飛び出してくる。単純だけど、子どもにとってはその繰り返しが楽しいやろな〜!と思って、構成を考えました。
——バナナのようなおばけ、まるいみかん風のおばけ、ナッツのようなおばけ、枝豆のようなおばけ……。「皮をむかれる」ことになる様々なおばけの造形も楽しく、予想外のものが中から飛び出す。「次はなにが出てくるのかな?」とワクワクする。
「むく作業」を考えたときに、「刃物を使うのは、怖いからやめよう」と思ったんですよ。手でむけるものといえば、バナナにみかん、ナッツの殻に、いがぐり……。「むくだけじゃない、“押す”もあるな……」とひらめいたのは「枝豆」。ちょうどいい変化球が出ました(笑)。
おばけは基本、無表情。皮をむかれても「スン……」としています(笑)。「顔がついているものの皮をむく」ことについて「残酷だな」と感じる読者もいると思うんですよ。「わ〜残酷〜」と少しでも感じるとそこから楽しめなくなってしまうので、おばけは常にニュートラルな表情で描きました。「むかれても何も感じません。ただ存在するだけです……」という顔。
「おばけから飛び出たキャラクターたちが遊んでいる」という小ネタも、サブストーリーとしてそれぞれのページで展開させています。子ども時代は1冊の漫画をすり切れるほど読んで、作者が描き込んだちょっとした「あそび」の部分を発見するのが楽しかったんですよね。子どもって、気に入ったものは繰り返し読むので、細かいところを見て喜んでもらえるとうれしい。
不条理でナンセンスなお笑いが好き
——2019年に『ぱんつさん』(ポプラ社)で絵本作家としてデビュー。これまで5冊の絵本作品を手がけてきたが、シュールなキャラクターと予想もつかない展開が「絵本作家たなかひかる」の持ち味となっている。
もともと「説明できひんけど、なんかおもろいな」という抽象的なお笑いが好きなんです。でも、漫才やコントではやっぱりお客さんとある程度の世界観の共有が必要なんで、難しいところもあって。ギャグ漫画にもなるべくツッコミを入れたくない派なんですが、最近は昔より「分かりやすさ」を求められる風潮がある。絵本では、自分のやりたいことをフルスイングで表現できる自由さを感じました。
どんな表現でも、やっぱりぼくのベースにあるのは、“お笑い”なんですよね。「ナンセンスなことを、なるべく“しれっ”と、説明せずにやりたい」という気持ちが根底にはあって、漫才やコント、ギャグ漫画、絵本など、それぞれ出力するところで表現方法を変えている。絵本ではなるべく情報をそぎ落としてシンプルに、「素材」のまま提供するようにしています。
『おばけのかわをむいたら』(文響社)で特に気に入っているのは、「これ おばけ」「おばけを つかんで」「おばけの かわを むいたら」——という冒頭。なんの説明もなく、「おばけのかわをむく」という入り口から物語にすっと入っていけるのは絵本だからこそ。これが漫才やギャグ漫画だったら、「おばけのかわをむいたら……」「いや、なんでやねん!」とツッコミが入るところ。前置きもなく、途中のツッコミも不要。「笑いどころ」も読者の自由。ナンセンスな世界をいきなり展開できるのが絵本という媒体の魅力だと思います。
“不気味なシーン”に心惹かれた幼少期
——「別の世界」の存在を感じさせるような、“ほんのりブキミ”な世界観も、たなか作品に共通する面白さだ。
絵本のラストは「ちょっとだけ、ぞわっとする」感じで終わっています。実感することはできないけれど、自分たちの生きている世界の外にも、違う宇宙や世界が広がっている……と考えるとちょっとゾッとしませんか? 逆に、顕微鏡でのぞくような分子や原子のミクロな世界も一つの小さな宇宙。子どものころから、そういう「別の世界」に美しさや恐ろしさを感じて、心惹かれるものがありました。
両親ともに小学校の教師だったので、子ども時代は家にある絵本や児童書をいろいろ読みましたが、大人になっても覚えているのは不条理な展開や不気味な雰囲気のものばかり。『はれときどきぶた』(岩崎書店)で、お父さんが普通のテンションで「えんぴつの天ぷら」をバリボリ食べ始めるシーンとか。他にも『三びきのやぎのがらがらどん』(福音館書店)。トロルとの対決シーンとか、今考えると明らかにやりすぎですよね(笑)。
長新太さんの絵本も印象に残っています。「なに考えてはんねやろ」という不思議な絵本ばかりですが、中でもすごいと思う作品は『ころころ にゃ〜ん』(福音館書店)。ころころ転がった玉が猫になって「にゃ〜ん」。ひたすら、この繰り返しなんですが、訳の分からなさが群を抜いている(笑)。子ども時代に触れたこうした絵本や児童書が、ぼくの原点かもしれません。
第2弾では「しりながおばけ」が登場
——『おばけのかわをむいたら』(文響社)の好評を受けて、今年4月に出版したのが第2弾となる『しりながおばけ』(同)だ。
「おばけのかわをむく」という第1弾のアイデアを超えるために、試行錯誤した結果、「しりながおばけ」が誕生しました。「おばけに○○する」というところから離れて、おばけ自体の体の特徴でつくってみようと。人気のキャラクター、おすもうさんや泥棒などは再び登場しています。『おばけのかわをむいたら』のラストをよ〜く見ていただいたら分かるんですが、『しりながおばけ』は、第1弾からつながる別の世界の話。ぜひチェックしてみてください。
子どもたちのすごいところって、自分たちで「面白い!」を発見する能力だと思うんです。説明過多なものを与えると、ものを考えたり、想像したりする力がどんどんなくなってしまう。絵本を通じて、「訳の分からなさ」をそのまま楽しんでほしいですね。絵本はひとりでも楽しめるし、親やきょうだい、友達と一緒に読んで「これヘンやな〜! でも、おもろいな」と笑い合うこともできる。そういう「読み物以上」のコミュニケーションツールとして、誰かと一緒に笑ってもらえるものを目指しています。