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永井紗耶子「木挽町のあだ討ち」 芝居の力描く時代ミステリー

 芝居小屋が立ち並ぶ江戸・木挽町。ある雪の夜、そこで一件の仇(あだ)討ちがあった。元服前の美しい若衆・菊之助が、父の仇(かたき)である元下男を見事に討ち取ったのだ。その様子は木挽町の人々の語り種(ぐさ)となった。

 その二年後。菊之助の知り合いだという武士が木挽町に現れる。彼は仇討ちの現場にいた人々を訪ね歩き、当時の話を聞きたがった。すでに落着している事件の、いったい何を知りたいというのか――。

 物語は武士が話を聞いた人々の語りで進行するインタビュー形式。仇討ちを目撃した、あるいはそれまでの菊之助とかかわりがあった人々の話を通して次第に事件の輪郭が露(あら)わになっていく。聞き取りを重ねたあとに待ち構える意外な展開と細やかな伏線のつながりには驚くこと請け合い。衝撃の真相と同時に永井紗耶子が本書に託したテーマが浮かび上がる。実にレベルの高い時代ミステリーだ。

 特に興味深いのは、語り手たちがなぜ今の仕事をしているのかという、彼らの人生についても語られることだ。

 遊郭の幇間(ほうかん)から芝居小屋の木戸芸者(呼び込みの口上を言う役目)に転身した男や、剣戟(けんげき)の殺陣を指導する元武士。火葬場育ちの衣装係に、息子を亡くした小道具職人。戯作(げさく)の道を選んだ旗本の放蕩(ほうとう)息子。それぞれの人生に辛酸が、迷いが、悲しみがあった。それを乗り越えて今がある。ひとつひとつが味わい深い短編になっており、読者の胸を揺さぶる。

 辛(つら)い境遇にあった彼らを救ったものが何だったのか――芝居だ。それが本書のテーマだ。芝居を見たところで抱えた問題が解決するわけではない。しかし芝居などフィクションの物語には、人に寄り添い、励まし、慰め、視点を変え、立ち上がらせる力がある。我々が小説や映画を求めるのもそれ故だ。本書はフィクションの力を描いた物語なのである。物語を生み出す側としての著者の決意を、本書から感じ取っていただきたい。=朝日新聞2023年8月12日掲載

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 新潮社・1870円=5刷8万5千部。1月刊、直木賞受賞。「江戸時代の知識がゼロでも楽しめる、入りやすい小説です」と担当者。