正反対なふたりの歪なサイケデリック・ラブ(井上將利)
今回は、でん蔵さんの「60億分のふたり」(海王社)を選ばせて頂きました。コミックスの帯にも「著者、新境地への挑戦作」とあるように、作者のこれまでの作品とはちょっと雰囲気が違っていて、かつ一筋縄では語れない難しさがある作品です。ただ、「執着」をテーマにするにあたり、これ以上ハマる作品はないと思ったので心してご紹介したいと思います!
【あらすじ】
イジメを苦に自殺を図った結果、死ねない体と超能力を手にした香藤。そんな折、学年カーストトップでイジメの元凶である織田と再会し、力で織田を殺してしまう。憔悴する香藤だったが、織田は生き返り、香藤同様“他人の心の声が聞こえる”という特別な力に目覚める。様子が気になった香藤が覗きに行くと、そこには昔の傲慢な様子とは打って変わった弱々しく怯える織田の姿が。 そして対面したふたりは気づく――お互いの心の声が聞こえないことに。
「ふたりでいる時だけは全て忘れて"普通"になれる。」
地獄のような世界で、お互いだけが唯一の理解者となってしまったふたりは、まるで精神安定剤を求めるように互いに依存を深めていく…。 海王社「60億分のふたり」作品紹介より
あらすじだけでも相当に壮絶なストーリーであるとお分かりいただけるかと思います。
僕は最初から最後まで「ふぅ……」と気を抜ける場面が一切なく、ずっと緊張しながら読んでいました。冒頭の香藤がイジメられ自ら手首を切りつけて命を絶とうとするシーンから既に言葉に詰まるのですが、彼の人生を狂わせた元凶との予想もしない再会を経てたった2人の運命共同体となった彼らが互いに依存と執着の沼に沈んでいく展開は、この後どうなるのか全く予想ができず読む手が止まりませんでした。
殺したはずの織田が生きていて病院で再会したシーン。かつてのイジメの元凶は絶え間なく頭に響く他者の心の声に打ちのめされ別人のようになっていて、唯一心の声が聞こえない香藤の存在にすがるように「ありがとう…」という織田。この時、香藤は何を想ったのでしょうか。正解は分かりませんが、哀れみ、蔑み、恨み、同情といった感情が入り混じった表情のように思いました。
そして織田は香藤を心の拠り所にし、執拗に彼との時間を作るようになるのですが、香藤は織田に対する罪の意識や過去の経緯から精神的に追い詰められていきます。織田の香藤に対する執着はエスカレートしていき、狂信的な行動や唯一の仲間を独占したい欲があふれていくのでした。特に逃げる香藤を追って家に上がり込んで来たシーンはホラー映画さながらの恐怖でしたし、「こんにちは」とドアを開けた織田の表情には軽く戦慄しました(内心で「終わった……」と思いました)。
本作では織田という人間が豹変していく様が大きなポイントであり、中盤からは彼の思考が理解できないほどに深い所まで沈んでおり底の見えない恐怖を感じさせます。同時に最初は依存される側であった香藤が織田に引きずり込まれるように次第に共依存の関係を深めていく様がなんといっても見どころです。
そして果てない執着の末に2人で生きることを選んだ彼らの行く末は如何に。そこに愛情という副産物は生まれるのか、あるいはこれも一つの愛なのか……。そんなことを考えさせられます。思わずのめり込んでしまう危険な物語をぜひ。
めちゃくちゃでも誰かを好きになることは美しい(原周平)
一方的でも、共依存のようなお互いにぶつけるものでも、「執着」って好きだからこそ生まれる感情表現だと思っていて、キャラクターの人間味が増すような気がして好きです。さらに今まで執着なんかしなかったタイプの人が、この人に出会って……みたいなお話は最高です! 今回ご紹介させていただくのは、まさにそんな作品です。
虫歯さん「2と車」(ホーム社/集英社)。
生粋の音楽好きで、むしろ「人間は美しくないから嫌い」というタイプのシンガー・二兎(にと)が出会ったのは、汗かきで演奏も美しくない、でも初めて「かっこいい」と思えてしまったギタリスト、来間(くるま)。美しい音楽のために捧げるはずだった二兎の人生は、来間にバンドを組もうと誘われたことで大きく変わっていくのでした。
真逆な2人が一緒に「かっこいい音楽」を作っていく中で、その気持ちよさが性的な昂ぶりになっていく二兎。人嫌いだった彼が、来間の音楽が好きなのか、それとも恋愛感情なのかという狭間で揺れていきます。来間のことを知りたい→触れてみたい→服脱いで、という展開にはさすがアーティストの感性って感じで笑っちゃいましたが、こんな風に興味を持つことが、二兎の好きになるきっかけだったという、彼のキャラクター性が表れるシーンで好きです(笑)。来間のかっこよさを見出し、自分が彼を世界一かっこよくすると自負する二兎。段々と来間にのめり込んでいく様は本当にキラキラしていて危うげで……。
音楽・ライブという刹那的にアドレナリンが出まくりの、ある意味官能的な世界で、互いの興奮の対象が何だったのか、というところが重なっていなかった2人。同じ気持ちになれないと気付いてしまっても、来間と生み出す音が、彼のかっこよさがどうしようもなく好きになってしまった二兎の振り回される感情が、表情から、テキストから、ストレートに届いてきて切ないです……!
隣に立てればいい、と割り切る素振りを見せても、来間を独占したいという二兎の気持ちは暴走し、追い詰められた来間は楽器が弾けなくなり……波乱の展開は続きます。どうなっちゃうの―!? と思ったときに、彼らを再び繋ぐのはやっぱり音楽で。これまで自分のために音楽と向き合ってきた2人が、誰かのためを思って歩み寄っていく姿を見届けられてよかったです。執着してしまうほど誰かを好きになって、時にはぐちゃぐちゃになってしまうこともあっても、そこから生まれるものは美しい。そんな風に感じました。
音楽にまっすぐに命を注いできた男たちの恋だからこそ感じられる、不器用さや感情の振れ幅、ドラマチックなストーリーが、ジェットコースターのように楽しめる作品でした。終わり方も、どこまでも音楽が中心な2人が彼ららしさを貫いていて、本当にかっこよかったです!