「1億2000万人にカミングアウト」決めた覚悟
――この本を書いたきっかけは何ですか。娘のももさんに対する手紙という形式にした思いも教えてください。
この本を書いた理由は3つあります。1つはサブタイトル(『女性として生きることを決めた「パパ」が、「ママ」として贈る最愛のわが子への手紙』)の通り、人とは違う家族の形なので、それを理由にももがいじめられたりしたら嫌だなという思いもあり、将来ももを守ってくれる言葉や人生訓みたいなものを届けられたらいいなと思って書きました。そして、ももがどういうふうに生まれてきたのかという物語を彼女自身が知ることで自分の存在の肯定感につながっていくと思ったんです。手紙として伝えることで、彼女が励まされたり、勇気づけられたり、私やパートナーのことをより理解してくれたりすることにつながればいいなという思いがまずありました。
2つ目は、仕事で中東に5年間いて、テロ事件や戦争を取材するなかで「人はいつ死ぬかわからない」ということを体験的に理解したことがあります。万が一のことがあっても本を書いておけばこの子は将来ちゃんと読むことができる。出版という形をとれば世の中がどうなろうと残っていくものになるなと思ったんですね。また、それによって一般の方も含めて読んでもらえる機会を得るわけですけど、何か前向きな気づきや発見、励ましみたいなものがひょっとしたら届けられるんじゃないかなと。それはまさにももに伝えたいことと重なると思いますし、それがより一般化され、より普遍的なものになるかもしれないなと思いました。
3つ目は、世の中には「トランスジェンダーやLGBTQについてよくわからない」という人もいると思うんですけど、私自身が可視化されることで「こういう人もいるんだな」という気づきになるかもしれないし、トランスジェンダーの若い人たちが「こういう生き方もあるんだ」と自分自身の存在を肯定される気持ちになるかもしれないと思いました。もっと言うと、LGBTQに限らず何かしらの「マイノリティー性」って誰もが抱えていると思うんですけど、そんな人たちが「こういうマイノリティーの人がいて、でもなんか楽しそうだな」と思えるロールモデルになれたら、そこにはすごく意味があると思うんです。
――2018年、トランスジェンダーであることを明かしてコメンテーターとして「news zero」に出演されました。
まったく想像していなかったのでオファーされた時はあごが外れそうなりましたが、シンプルに嬉しかったです。トランスジェンダーだからというわけではなく、警視庁担当やカイロ支局長などいろんな報道現場の経験、「金曜ロードショー」という代表的なエンターテインメント映画を届けていく番組のプロデューサーを6年やってきた知見という私のキャリアにおける2つの大きな財産があって、それにトランスジェンダー女性という属性が加わってトータルで評価してもらっている感じがしたんですね。だから私は「これは断れないな」と思って覚悟を決めたんです。
出演当日、緊張感はありましたが緊張はしませんでした。ただ、あいさつの中で「谷生俊美です。男性として日本テレビに入社し、現在はトランスジェンダー女性として映画に向き合って7年目になります」と言うときは、ちょっと声が震えそうになりました。カメラの前で照明を浴びて事の重大さを初めてわかったというか、「今この瞬間何百万人に見られているんだな」「これによって私は1億2000万人にカミングアウトするんだな」と思いました。その瞬間だけはちょっと震えるものがありましたね。
日本では少ない「幸せなトランスジェンダーの物語」
――情報発信をするにあたって気をつけていることはありますか。
謙虚でいることですね。「マイノリティー性」を必然的に帯びる人生を送る中で見えてきた風景があるんです。マジョリティーはマイノリティーの気持ちに寄り添ったり、想像したりすることはできると思うんですけど、実際にその立場にならないとわからないことがあるということを身にしみて感じました。そんな体験をしているから、私はわからないことや門外漢のことに対して謙虚に向き合い、自分のわかる範囲で語っていく、発信していくことが大事だと思っています。
そしてこの本に関して言うと、できるだけポジティブなこと、前向きなことを意識しました。読んで温かくなるというか、爽やかというか、気持ちいいというか、心地よさに包まれる読後体験にしたいと思ったんですね。日本では幸せなトランスジェンダーの読み物や物語が少ないと思っていて、もちろん苦労や大変なこともいっぱいありますし、私がトランスジェンダーを代表しているわけでもないんですけど、その端くれとして「ハッピーな物語もあるよ」というのは伝えたかったんです。
――この本では自己肯定感を持つことの大切さも語られています。
この生き方を選んだことで私は自己肯定感を確立できた感じがしているんです。私はある意味極端な形で実現したパターンかもしれませんが、「自分はこれが好きだ」と思ったときに人は自分のことを受け入れられるようになると思うんですね。そしてそれが他者からの評価につながっていくと、よりその強度が高まり、自己肯定につながると思うんですよね。だからこのメッセージはももにも伝えたいと思うし、世の中全体に向けても提案していきたいと思いました。
娘に向けた「壮大なラブレター」
――本のイラストはパートナーさんが描かれたんですね。
そうなんです。本当に愛の結晶というか、私とパートナーが力を合わせてももに向けて書いた壮大なラブレターみたいになっていて、それが世の中に届くのはすごくいいことかなと思っています。
――あとがきには「本を読むことが大好きな子どもだった」と書かれています。谷生さんの好きな本を教えてください。
小学6年生の頃に読んだ『レ・ミゼラブル』です。よき人になるためにひたすら努力する主人公の姿に感動しました。今もデスクのすぐ隣の本棚に置いています。影響を受けた大事な本、人生の1冊です。
――最後に読者へメッセージをお願いします。
この本はLGBTQがテーマの本でもありますが、それだけではないと思っています。例えば家族との関係をどう考えるかという話や、映画の力によって勇気づけられたりするといった人生のヒントも書いています。あるいはパートナーをどう見つけるかということも書いていたり、子どもに何を伝えるかというシンプルな親子の話もあったりします。いろんなことを詰め込んだ本だと思っているので、幅広い方に手に取っていただき、前向きな気持ちや明るい気持ちになったり、「面白かった」と思ってもらえたり、心に残るものを何か感じてもらえたりすると本当に嬉しいなと思っています。