日記をつけるようになって5年経つ。不器用にでも日々を書きとめ続けるうちに、日常のさまやそれに呼応するひらめきが思った以上にユニークだと気づくようになった。目の前の景色に、いつかどこかで見聞きした物語とはまったく違った固有の表情があると知ることは、生きる豊かさそのものだ。
本書の主人公であるタコのタコジローも日記によって同じ経験をする。
タコジローは海の世界の中学生。日ごろから同級生や家族となんだかうまくいっていない。公園で偶然出会ったヤドカリのおじさんに悩みを打ち明けて、日記を書くことをすすめられる。
読み終えて、自分が中学生の頃にこの本と出会えていたらどれほど助けられただろうと思うと同時に、大人になった今でも不思議と救済の手が過去に届いて、「間に合った」感覚があった。
日記の書き方を通じたヤドカリのおじさんの教えは、生きることがいかにやむを得ず、ままならず、そして孤独かをやさしく描き出す。
手のひらに乗せた悩みを見つめるとき、人は結局どうしようもなくひとりきりだ。読むほどに孤独のむなしさが根本からくつがえり、記憶にぽつんと取り残された子どもの自分が肯定されていった。
海中のゆらめきを舞台に進む物語は切実でありながら軽やかで読みやすい。いっぽう書くこと、考えることのスキルはただごとではない重量で丁寧に手渡される。あいまいで、割り切れず、答えのないことに対峙(たいじ)してひとりで悩むのにもちゃんとコツがある。それがみんな書いてある。
自分には自分だけの固有の生がある、そのことが激励として、温かく親身に伝わった。
売れていると聞いて、さもありなんと思うとともに心強くもあった。明日を悩み、不安で、心配で、しんどい思いをしているすべての人にどうかこのまま届いてほしい。=朝日新聞2023年9月16日掲載
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ポプラ社・1650円=6刷5万部。7月刊。「他者ではなく自分に伝わるように書くという豊かさを求める人が多いのか」と担当者。