どんな子どもにも権利がある
――「子どもの権利」とはどういうものなのか。人種や国籍、性別、障がい、経済状況など、どんな環境や性質をもってしても、子どもは差別されず、安全に成長する権利がある、というのが、「子どもの権利」を語るときに大切な考え方だ。そのためには、差別されたり虐げられたりすることはどんなことなのか子どもが理解し、大人が子どもと一緒に考え、子どもの意見に耳を傾けることが必要となる。「子どもの権利・きもちプロジェクト」の代表を務める子どもの福祉の研究者・長瀬正子さんは、『ようこそ こどものけんりのほん』を書くにあたって、これをどう伝えるべきか悩んだという。
長瀬正子(以下、長瀬):私は大学で社会福祉について研究していて、社会的養護が必要な人たちに十分な支援がなく、生きることが困難になっている様子を見てきました。コロナ禍で不登校は増え、虐待の相談件数はうなぎのぼり、いじめの重態事案も過去最高と言われ、子どもの自死も増えています。子どもは少子化で増えないのに、深刻な状況にいる子どもは増え、亡くなっている子どももいるって、危機だと思うんですよ。でもいままで、子どもの権利に関する法律が日本にはありませんでした。ようやく権利が明文化されたというのはとても大きなことなんです。
長瀬:いまの日本は、それぞれに違いがあることが美しい、一人ひとりが違っていいと思える社会にはなっていません。学校では、みんなと同じようにできることが求められるので、できない子どもは「自分が悪いんだ」と思い、居場所を失ってしまう。子どもはしんどい状況を生き延びようとするとき、気持ちを凍らせて自分を守ろうとします。「ああしたい」とか「こうしたい」という気持ちが出てこなくなってしまう。でも、揺れ動く気持ちそのものを大事にしてもらえる環境を作ることが、子どもにとっては必要です。絵本を通して、あなたは悪くない、声をあげていいと伝えられたらと思いました。
大事なことは子どもの意見に耳を傾けること
――本書で絵を手がけたのは、絵本作家のえがしらみちこさん。深刻で重いテーマになりがちな人権の話を、愛情に満ちたやわらかいタッチで描いている。えがしらさんも、はじめは「権利」というと上から文句を言っているような強い言葉に聞こえて、保護者の方たちに受け入れてもらえるのか不安に感じたという。しかしこの考えに触れることで、子どもと一人の人として向き合っていく時間が増えてきた。
えがしらみちこ(以下、えがしら):いままでも、子どもを尊重しようという気持ちはあったのですが、この絵本を作るようになって、いまの娘に対する発言は子どもの権利を無視しているんじゃないか、と立ち止まって考えるようになりました。それに長瀬さんのあとがきを見たとき、ただ情報を渡すだけでなく話し合う過程が大事だと気付きました。親が頭ごなしに決めつけないで、「どう思う?」「そう思ってるんだね」と、一人の人として話し合って決めていく姿勢が大事なんだなって。権利って校則みたいに一方的に押し付けられるものだと思っていたけれど、「資格」みたいなものなんだなと感じました。
――『ようこそ こどものけんりのほん』は、はじめは育児雑誌の「kodomoe(コドモエ)」の付録として刊行している。そこで読者アンケートやSNSで大きな反響があったことは予想外だったという。考えるきっかけになったという好意的な意見が多い中、「言うことをきかないからといってひどいことを言われない」という内容を見て、「自分はできていない」と苦しくなる保護者の方もいた。いろいろな意見を受け止め、単行本化したときには、より「話し合う大切さ」を強調する内容に変えた。
長瀬:この本は、けっして親を責めるものではありません。子どもの権利は、なんでも言うことを聞いてもらえる権利ではなくて、子どもが感じていることはどんなものでも大切な意見として扱われるということをお伝えしたいと思っています。そして、「子どもにとって一番いいことは何か」ということを話し合うことが大事なんです。
えがしら:以前、子どもが「コロナ禍でもディズニーランドに行きたい」と言ったことがあって、子どもの権利のことを考えたら行かせてあげたほうがいいか、迷ったことがありました。そのことを長瀬さんにお話したら「子どもにとって最も良いことを考えるのが大事」と聞いて、なるほどと思いました。
長瀬:それぞれの子どものおかれている状況によって、「最も良いこと」は変わります。家族の命が守られることは大事だけれど、そのディズニーランドが子どもの2年越しのお願いだとしたら、コロナを防ぐ最善の策を考えながら行くなど、状況で考え方も変わってきます。何が最も良いかというのはいろんなバランスの中で考えることであって、絶対的な正解というものはないんです。願いを叶えてあげることが大事なのではなく、その権利をどう使えるかを子どもが知ることと、大人がどういうふうにサポートできるかを知ることが大事だと思っています。そのために大人ができることは、言いたいことをうまく表現できないことも多い子どもたちの話に、まずは丁寧に耳を傾けることなんです。
絵本を通して対話する姿勢が生まれてほしい
――SNSでは、「これを子どもに読むのは考えてしまう」という親の意見も目立つ。それは子どもがどんなわがままも「自分の権利だ」と主張してくるのではないか、という恐れがあってのことだろう。しかし、どうせ大人は話も聞かずに叱りつけると思ってしまったら、大きくなって「学校に行くのが怖い」「できないから助けてほしい」と身近な大人に相談することもできなくなってしまう。絵本は、親子の間に入って対話させてくれるツールにもなっている。
長瀬:子どものいる友人など、何人かにこの絵本を読んでもらったとき、こんなエピソードを話してくれたことがありました。小3の男の子に読み聞かせをしたら、後日「大人は子どもの意見を聞かなくちゃいけないんだよ」と言われたのだそうです。同時に、保育園時代に、風邪をひけば保育園を休めると思ってお腹を出して寝たことがある、という話が出てきて驚いたといいます。もともと、自分の意見を聞いてほしい思いがあって、でもそれを言語化するのが難しかったり、言ってもいいのかなと思っていたところ、小3になってからこの本を読んで、本人が言ってもいいんだと気づけたことが大きかったと言っていました。
また3歳の子を持つ友人は、「おもうぞんぶん」など知らない言葉がたくさんあって、ちょっと読むのは早いかなと感じたそうです。けれど、友人の夫が読みながら、「くるまいすって知ってる?」などと質問を投げかけたり、「パパは、世界中のどんな子どもにも…というページが一番好きだよ」と話したりして、かなり対話型で読んでくれたようです。そんなふうに話をするきっかけになったこと自体が大切で、嬉しかったです。
えがしら:私は、子どもが絵だけを見て伝わるように描きたいと思っていました。暴力に関して話す場面では、なるべく怖くないように表現して、虐待を受けている子が苦しくならないようにと考えました。子どもの権利があることで、なんとなく子どもたちがのびのびとしていて幸せでいられるんだというのが伝わったらいいなと思っています。
長瀬:子どもの権利の考え方って、ダメなことに着目するというより、より良い方向に向かっていこうとするときの考え方の枠組みなんです。ルールや校則のように決まっているのではなく、そのときそのときで考えていくための指針です。もちろん交渉決裂するときもあるとは思いますが、この絵本が子どもにとって良い方向に向かって考えるきっかけになってくれたらと思っています。