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芝崎祐典さん「ベルリン・フィル」インタビュー 楽団の歩みと激動の歴史

芝崎祐典さん

 冷戦史・英国外交史が専門の研究者が、クラシック界の頂点として知られるオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の通史を著した。その背景には、「原風景」と「原体験」がある。

 原風景は、小学生のとき訪れた西ベルリン。東西を厳然と隔てる壁の間近に、楽団本拠地のコンサートホール、フィルハーモニーがそびえていた。黄金色に輝くその外観が忘れられなかった。原体験は高校時代だ。長年楽団を率いたカラヤンが指揮する来日公演を聴いた。圧倒的な演奏に送られる拍手と熱狂を目の当たりにし、芸術がもつ力について考えをめぐらせた。

 大学入学後は研究の道へ進み、国際政治学の本流に取り組んできた。「芸術を客観的に見られるようになってきた」15年ほど前から、長年の関心だった「芸術と政治」に足を踏み入れた。戦後ドイツのアメリカ占領軍による音楽政策を論じた『権力と音楽』を2019年に出版。中公新書の編集者の目にとまった。

 楽団の歴史は「芸術と政治の緊密な関係が端的に表れている」。ナチ期、首席指揮者フルトベングラーや楽団員が自覚的に政権に協力し、兵役免除などの特権を得ていた負の過去にもふれる。再出発した西ドイツの看板としての役割を担った戦後には、ホールの建設、演奏旅行の曲目や行程までもが政治的な文脈を帯びたことを明らかにする。

 ロシアのウクライナ侵攻では、いち早くウクライナ連帯を示したロシア出身の首席指揮者ペトレンコをはじめ、楽団の姿勢が注目された。楽団が歩んだ歴史は、近現代ドイツの激動も映し出す。

 「芸術史では政治との関係は『雑音』として扱われてきた。しかし、近代芸術が権力との相互作用で歩んできた側面にも着目する必要がある」

 執筆を経て気づいたことも。フルトベングラーやカラヤンが現在も語り継がれる名演を残した時期、彼らと楽団の関係はむしろ険悪だったときも多かった。「人間関係を超えた調和を音楽がもたらしたとも言えるし、逆に音楽が人々を幻惑したとも言える。芸術の両面性を感じます」 (文・平賀拓史 写真・関口聡)=朝日新聞2025年8月2日掲載